2006/09/06 水曜日

巨匠とよばれる道へとすすんでいくには?

Filed under: 経営戦略 — 咲本 @ 03:00:19

昨日9月4日はブルックナーの誕生日、今年で没後110年となる。
私はちょうど出張中だったので、本日改めてブルックナー未完の最後の交響曲第9番を聴いた。

9番だけでも何枚も持っているが、まだ聴いていなかったスクロヴァチェフスキ指揮のブルックナー全集から引っぱりだした。

ブルックナー:交響曲第9番 スクロヴァチェフスキ ザールブリュッケン放送交響楽団 ブルックナー:交響曲第9番 スクロヴァチェフスキ ザールブリュッケン放送交響楽団

演奏には大して期待してはいなかったのだが、ちょっと聴いてその演奏のクオリティの高さに唖然とした。
演奏しているザールブリュッケン放送響なんて名前も、今まで聞いたこともなかったのに、超一流オーケストラと言ってもよいほどレベルが高い。
いや〜、こんなこともあるんだ。
スクロヴァチェフスキ(名前が長いので通称・ミスターSと呼ばれている)は、クラシックマニアではない私はその存在をずっと知らずにいたのであったが、 そんな私が知り、そして全集を買ってみるくらいに近年になってメジャーになってきた指揮者。

どうやらクラシック音楽におけるメディア系の方々が、存命の巨匠と呼ばれる存在がいなくなりつつある状況にあって、無理矢理担ぎ出しているフシがあるので、演奏を聴くまではあまり評判の良さを信じられなかったのであった。

まだ存命で現役バリバリとはいえ、既に83歳。
この全集も90年代にはいって10年がかりでやっと録音されたもの。

指揮者の世界はつくづく奥が深いなあと思う。
というのも、70歳代に入ってから以降になって、ドンドンと細部への配慮において研ぎ澄まされ、全体の構築性においても勢いで誤魔化したりせずに、絶妙のバランス感覚をもって理屈の合う演奏が繰り広げられるようになり、結果的に大きな感動をもたらしてくれるごく一部の指揮者が世間からは巨匠と呼ばれる。

つまり、70歳にしてますます進化するというか、いくら壮年期に大活躍した有名指揮者であっても、必ずしもそこに到達できるというわけではない領域とでも言うべきものが存在するのだ。

これは一体なんなのだろうと思ってしまう。
いくら若くして天才的であってもそれだけではダメで、ずっと最後まで円熟していった一部の人間だけが到達できる世界。

巨匠達が、まだそのように呼ばれる前がどうだったかというと、例えば、チェリビダッケ、ヴァント、そしてミスターSの3人に共通するのは、若い頃から一部で実力は高く評価されながらも、 次々とレコーディングするわけでもなく知名度はそれほどなかった。
チェリに至っては死ぬまでレコーディングを拒否し続けたくらいのもの。
あとの2人は晩年になって一気に評価が上がり、CDが急に増えてくる。

それと、3人とも長年指揮してきたオーケストラを、二流の存在から文句なく一流と呼ばれるオーケストラへと育て上げている。

一方で、現役指揮者で世界的に有名なアバド、ヤンソンス、ラトル、メータらといえば、まだ巨匠とよばれるわけでもなく、演奏自体もなかなかの好演がありながらも、悪く言えば曲のクライマックスを派手な表現で誤魔化しているとしか聴こえない場合もあるし、大体、二流を一流のオーケストラへと育てた実績もない。

わざわざ「時間をかけて育てる」という地味な活動に時間を割くよりも、一流プレイヤーだけを相手にして、見た目華やかな演奏をしていたほうが、マスコミとその一味に成り下がっている音楽評論家には大いに受け、商売としてもおいしいということなのだろう。

巨匠的存在になろうがなるまいが、若くして世界的にメジャーとなり、さっさと銭儲けしたヤツが偉いのであって、二流のオーケストラを育てるなんて二流のヤツがやればいいこと。
私のような一流指揮者は一流相手に手っ取り早くCDとコンサートを大量にこなしていけばよいのだと言わんばかり。

果たして彼らは巨匠になるのだろうか?
そう呼ばれるような成長が晩年になってあるのだろうか?

感動的な名演奏となるには細部が大事で、そこを緻密にしていくには、徹底して練習に時間を割いていくことが求められざるを得ず、いくら世界最高峰のオーケストラを指揮しようとも、いや、それだからこそコストパフォーマンスの悪くなる練習には時間を割けない状態のままで、必ずしも名演と呼ばれるものとなるかどうかは、かなりあやしい。

独り言だけど、どこかのITベンチャーのように派手派手に上場した結果、財テクなどの本筋の事業以外にしか使えないお金まで市場から集めてしまったCEOの晩年って、果たして巨匠とでもいえるような経営者となっているのだろうか?
中には、あろうことか、大金をせしめることで早いうちから隠居生活に入りたいCEOもいるようだが。

上場するにも、どんな組織に育て上げるのか、上場した資金を元手にしても、本筋のビジネスをすすめていくのには、それでも全然足りないくらいの大きな未来に向かってずっと進んでいきたいという人であって、初めて巨匠への道へと進めるスタート地点に立てるのだと思うんだけどなあ。

追記
田坂広志氏の本から得た教訓
仕事の報酬はカネではなく、人間としての成長である

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