講演の良否を決めるもの
先週金曜日に講演させていただいて感じたのは、講演が成功するかどうかは講演する人間に左右されるのはもちろんのこととして、参加いただいた方々と主催していただいた方の存在がとても大きいということ。
その三者の意識がぴったり合うと「場」の共鳴が起こるし、そうならなければいやいや受講した学校の授業のような「場」となってしまう。
過去ふりかえってみると、こちらがいくら熱心に話しかけても参加者に全く響かなかったり、講演する前に主催者側とコミュニケーションしていくうちに熱くしゃべる気が知らず知らず失せてきたりということがあった。
とはいえ、その「場」の共鳴に一番大きな責任を負うのは講演する人間であるわけだし、この点は講演するための高いテクニックを持っていてクリアできるような「簡単な問題」ではないのである。
マーケッターのハリー・ベックウィスは、この難しさを自身の講演での失敗例を引用しながら著書の冒頭で次のように書いている。
この新しいビジネス世界において、テクニカルなスキルは重要である。最低限必要な基本といってよい。しかし、多くの顧客にとってそんなものは当たり前であり、基本だけでは同業他社と区別がつかない。今や企業業績を決めるのはテクニカルなスキルでは足りず、顧客との絆をいかに築くことができるかになった。
私の処女作は顧客との絆の重要性について簡潔に触れている。執筆中、指先はたしかにキィボードを叩いて「絆」と書いていた。しかし、そこには魂がこもっていなかった。まだ当時の私は、テクニカルなスキルが重要であり、スキルに抜きん出た企業こそがライバルを打ち負かし続けることができると信じていた。
私は間違っていた。『「買いたい心」に火をつけろ!』(p.iii)
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受講する側はカネを払って受講するわけで
明らかに場違いな場合は別として、
講演者はターゲットに対してストライク剛速球ではなく
バッターが打ちやすいホームランボールを投げたらんと
アカンような気はしますな。
受講者がどんな人か、その顔ぶれは事前に主催者と徹底的に想定して
それでもはずれる場合はあるから、その瞬間に、持ってきた資料全部
ムダにしてもええから、受講者に合わせた内容に切り替えるくらいのことはせんとあきまへんでしょう。
ウチのアホウな知人が、昔、剛速球だらけの講義をして
そのことをウチにボロクソに言われたあと「主催者はボクの知識を
褒めてた」なんてドアホぬかしてましたが、あんなんは最低やなと
思いますわ。
コメント by みさお — 2006/06/26 月曜日 @ 17:56:36
みさおさん、まいど〜!
全くおっしゃる通りです。
話す水準のことはそうなのですが、こんなことを書きましたのは講演のテクニックやスキルが完璧な上で、なおかつ足りない目に見えないものについてのことなんです。
それを私は場の共鳴と呼び、ハリーは顧客との絆と呼んでいます。
言葉にすると簡単そうなのですが、実際は・・・難しいです。
コメント by sakimoto — 2006/06/26 月曜日 @ 21:42:36