ウェブ社会をどう生きるか
ちょっと寝苦しいこともあり手に取った本が、意外と面白い。
そんな日用に手元においておかず、早く読めばよかった。
西垣通『ウェブ社会をどう生きるか』
日本の情報学の権威が梅田望夫的WEB礼賛論に反発したの図である。
が、さすがに三流ジャーナリストの類とは違い、 西垣基礎情報学理論を根拠にモノを言っている。
本書で一番のやり玉に挙げられている考え方が、WEB2.0文脈でよく言われる「集合知仮説」である。
いわゆるウェブ2.0による集合知仮説は、表向き人間の自由を重んじ、一般ユーザーがウェブに主体的に参入する意義を強調するのですが、無意識にせよ、単眼的に客観的世界のみを想定しています。コンピュータが原理的に人間と同様の機能をもちうると見なすわけです。そのため、どうしても人間機械論(機械還元論)におちいってしまい、ビジネス利益を優先する圧力の前では、生きた人間の自由も主体性もそこなわれてしまう危険性が大きいのです。
とりわけ、一般ユーザーがいつのまにか広告業者にされているという影の部分に気づく必要があります。一部の人々はお金をもうけるでしょうが、それが人間にとって生きる意味につながる知的営為だという保証はないのです。(p.135-136)
これは著者が人間は階層的オートポイエティック・システムであるとの立場であるがゆえの批判なのであるが、読者でオートポイエーシス理論をご存知ない場合には、文中の説明だけでは理解できないと思うので、別途学んでもらったほうがよいかと思う。
まあそのことはさておき、以下のような逆説的な指摘もうなづける。
真のアイデアを練るには情報は少ない方がいい、という逆説さえ成り立つのです。
生物ではないコンピュータには、情報の重要性を判断することなどできません。研究を進めていけばやがて情報の“意味”を直接理解できるようになる、といったことも期待できません。むしろコンピュータには、われわれ人間が身体的に多様な情報にふれ、想像力を活性化できるような“場”を準備させるほうがよいでしょう。そこでは、文字テキストのみならず、画像・音声・動画映像などを自在に処理するマルチメディア技術が活躍するはずです。
さらにまた、「知恵」というのは、不特定多数の膨大な一般ユーザーによるコミュニケーションというより、数人からせいぜい数十人くらいのあいだでの対話から生まれやすい、という点に気づくことも大切です。(p.139-140)
Googleの台頭やウェブ礼賛論をそのまま採用するような単細胞な立場を取らず、だからといって共産党的に何でも新しいものには反対ということでもない理論的根拠をわれわれは持っておく必要があり、そういったところを本書が気づかせてくれるというそのことだけで、読んでみて無駄ではなかった。
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「ウェブ社会をどう生きるか」なんて、さきもっちゃんらしくもない大上段なサブジェクトだと思ったら西垣さんの本のタイトルなのね。引用部分だけでは論理の糸筋は追えないけど、言っていることはマトモそう、というか、俺の観点からは、当たり前的に正しそう。
だって、欲望のないところに「意味」はない、というか、必要は発明の母ならぬ、必要は「意味」の母だというのは、ニーチェとまでは言わないけどハイデガーあたりまでは遡れる見解なわけで、機械は意味を判断することはなく、したがって、「比喩」を理解することもないから、人間と同様の記号論的多層性をもった言語の使用を習得し得ないはず。
・・・とかなんとかいう曖昧な哲学的見解だけじゃなくて、数理論理学的な計算論の観点からきちんと何か言えるはずだし、俺としては仕事柄そういうことを言うべきなのだろうけど。
コメント by てなさく — 2007/07/17 火曜日 @ 23:01:40
新書であるからなのか、各論のツッコミが中途半端であるところは間違いのない本だと思います。
でも、ウェブ2.0を擬制(フィクション)のメカニズムの上に成立しているものであると捉える本書のような存在にたまにはふれておくということだけでもそれなりに意味があるなあってな感じです。
コメント by 咲本 — 2007/07/18 水曜日 @ 02:58:12