利益――「りえき」と「りやく」
京仏壇の小堀さんところにお邪魔している際に、とある話の中から「利益」(りえき・りやく)ということばの意味についてお教えいただいた。
また、「利益」を含むさまざまな仏教由来のことばがエッセー風にとりまとめられた本をいただいた。
この本によると、利益というのはもともとお金儲けのことというわけではない。
利益(りやく)ということには、自分が利益を得るということだけでなく、他の人を益するということ、恵みを与えるということがなければならない。仏教では、仏の教えに生きて得られた恩恵を、自利・利他の益(やく)として明らかにしている。自ら利益を得ることは同時に、他の人びとを利益することでなければならない。それが菩薩の精神であり、実践である。
このように菩薩の精神、実践によって得られた恩恵のことだとすると、 「菩薩」と呼べるというところがたいへん重要であるともいえる。
この本で「菩薩」という項目の中から一部を引用すると、
ただ単に自らの覚りを求めるだけではなく、広く衆生の覚りの手助けをする人、人々の救済に懸命になって、自らの身をすり減らすような人、そうした人がよく菩薩と呼ばれる。
ということになってくる。
菩薩というと一見聞こえはよいが、 実は自らの寿命を縮めてしまったり失うくらいの覚悟をもち、自分のことはさておいて人々のために懸命になっている姿のイメージなのである。
そのような自らの命を投げうった実践をひたすら行っていくことが、「一隅を照らす」ということにも繋がるのだろう。
では、そのような実践を行おうとする方向と、昨日のエントリーで取り上げた「個人主義」ということとは矛盾しないのだろうか?
私は矛盾しないと考える。
個人主義といってもこの場合にはエゴイズムのことを言っているわけではなく、リバタリアリズムのことを言っていたわけで、利益(りやく)という側面からいえば、悪しき業界慣習をぶち壊してそれによって多くの人々に利益をもたらすということにも繋がるわけなのである。
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咲本様、早速にありがとうございます。
昨日はご多忙の中、わざわざ東京からかけつけていただきまして感謝申し上げます。
経営は仏教の教えから学ぶことが多くありますね。経営というよりも人としての生き方ということになるでしょうが‥
父も晩年は、机の周りにおいてあった本が、経営書から仏法書に入れ替わっていました。ひょっとして咲本様も‥(笑)
コメント by 小堀 進 — 2007/01/07 日曜日 @ 07:31:46
小堀さま、こちらこそ昨日はお世話になりました。
> 父も晩年は、机の周りにおいてあった本が、経営書から仏法書に
> 入れ替わっていました。ひょっとして咲本様も‥(笑)
あっ、そうでしたかあ。
私の場合はまだ机の周りにはなく、本棚の中に微々たるものがあるレベルです(^^;
経営書関係のほとんどは書いている人の程度が低いものが多く、そういう意味では仏教書のほうが大いに参考になる場合が多いのは確かですね。
コメント by 咲本 — 2007/01/07 日曜日 @ 15:25:27