2008/06/15 日曜日

「出現する未来」がすでに現実となってしまった時代

Filed under: 読書, 経営戦略 — 咲本 @ 21:04:11

2年ほど前の発売当時にピーター・センゲの本をサクッと読み、組織学習の大家が随分と違ったところにいってしまったと思ったものだ。

出現する未来 (講談社BIZ) 出現する未来 (講談社BIZ)

今改めてセンゲのそれ以外の本もふくめて見直してみても、

最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か 最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か

↑この本が一般的には最もよく知られているものであるが、そのほかにも、

フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革を進める最強ツール フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革を進める最強ツール

フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか? フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?

↑上記2冊を見直してみても、大きな断絶があり全く違った地点にいってしまっていることがわかる。

『出現する未来』でとても重要となるのは、共著者オットーの「U理論」と名づけられた考え方だ。

どうやら「U理論」については、かのフォト・リーディング開発者であるポール・シーリーも今最も注目しているとのことだが、そちらについては本書またはオットーの著書(翻訳書なし)を参照してもらえれば。

ここで書き残しておきたいのは、ラーニング学派を代表するといってもよいセンゲの大変化のほうである。

それを彼は本書の中でこう語っている。

U理論と一般的な変革プロセスの基本的な違いは、「人間と世界との関係、観客なのか演じ手なのかにある」と、オットーは言う。U理論とは、突き詰めれば、「世界に働きかけるのではなく、世界のなかで動くことにどういう意味があるのか」を問うものである。これに対し一般的な変革モデルでは、リーダーが、自分が変化を求める対象とは距離を置いている。・・(中略)・・だが、U理論では、個人や集団が、大きな世界を「共に創る」という立場をとる。自己と世界とは分かちがたく結びついている。自己は外部の現実に反応しているわけではなく、自己が外部に新しい何かを生み出しているわけでもない。木の種子のように、自己が扉となって新たな世界を生み出す。突き詰めれば、「私は、これこれしている」とか、「われわれは、これこれをしている」とは言えなくなる。意識と行動とが断絶のない流れになるからだ。(p.115-116)

このようにセンゲは依って立つところが根本的に変わってしまったのであった。

このような動きは実はラーニング学派の展開する分野にとどまらない。

『コア・コンピタンス経営』でお馴染みのプラハラードも、2004年には、

価値共創の未来へ―顧客と企業のCo‐Creation (Harvard business school press) 価値共創の未来へ―顧客と企業のCo‐Creation (Harvard business school press)

↑のような本を出しており、「Co-Creation(共創)」をコンセプトに新しいマーケティング論を展開している。
(どちらかというと、あまり売れていない本であるが重要書であり、こっそり内緒にしておきたい本かも?)

実はこのような流れというのが、経営学系の論客の中ではすでにトレンドとなっているのであり、この方向が加速してくことは容易に想定できるのである。

その哲学的というか根拠となるところが何なのかというと、個人的にはオートポイエーシス理論とアフォーダンス理論、あと茂木健一郎氏が書籍デビュー初期に書いていたクオリア理論(最近の著書とは全く違う)、マイケル・ポランニーの暗黙知理論、結果的にはそうなるのかと思っているし、このあたりにはずっと注目してきたつもり。

暗記モノの口パクして威張れるだけの本ばかり読むのではなく、たとえばヴァレラのオートポイエーシスにつながる認知論など、たまには手に取ってみることをおススメしたい。

2008/06/14 土曜日

家具転倒防止ポール

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 21:18:18

朝の地震で思い出したかのように本棚用の家具転倒防止ポールを注文。

4月に引っ越してから以前使用していたポールの高さが合わないまま放置してしまっていたが、さすがにマズいと思った次第。

2008/06/12 木曜日

ゴーストライター作、社員ネタ出し、ベンチャー社長著者名義の出版?

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 22:33:48

というのが発売されるらしい。

ネット動画のマーケティングが主題となり、7月頭くらいに出る。

会社からそのためのお金は出しておいて、印税は社長個人に入るように仕組んでいたりする可能性あり(^^;

本を自力で出す能力なんて全くないのだから困ったものだ。

このタイミングでの出版が後々、自らの首を絞めることになるなんて、その社長ご本人は想定もできないんだろうなっと。

2008/06/08 日曜日

心とは何かという難問

Filed under: 読書 — 咲本 @ 17:03:27

心とは何か―心的現象論入門 心とは何か―心的現象論入門

<身体とは何か>とか、<身体の障害とは何か>ということ、<身体の欠損とは何か>、<精神の図式とは何か>、<精神の欠損とは何か>という問題は、多分、あらゆる改革とか、あらゆる革命とかの後になお解決されずに残される、人間が最後にしなければならない問題だ、とぼくには思われるからです。(p.177)

吉本隆明にして解決しがたい難問だと言わしめる問題が、今まさに求められつつあるように思う。

これらの解決の糸口くらいは見つけないと、もうすぐ日本自体が崩壊してしまうような危機感を感じてしまうのは私だけだろうか。
人類最後の問題だなんて言っている時間はなく、ひとまず有効だと思われる仮説くらいは出す必要あり。

2008/06/07 土曜日

マインドマップをちょっとずつ実践

Filed under: 読書 — 咲本 @ 23:58:13

今週も会食三昧の日々となり、そのいちいちをここに書くことはやめる。

マインドマップを毎日書くようになって一ヶ月が経過。

本を読めばマインドマップがどのようなものであるかはわかる。
とりわけ、最近出た本家トニー・ブザンの『仕事に役立つマインドマップ』 はおススメ。
東京メトロにもこの書籍の広告をダイヤモンド社が出しているくらいで、目下売れに売れている。
仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン 仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン

ただし、本を読んだだけではマインドマップは書けない。
というか、その効果を存分に発揮できない邪道なものとなってしまう可能性が極めて高し。

なので、まずはマインドマップ講座を受講する必要がある。

ちなみに私は某有名なバレエダンサーさんと隣同士で朝から夕方までかけてのセミナーを受講(^^;

マインドマッパーがなぜ12色だけでは足りず、20色、30色と豊富な色ペンを常備して書こうとするのかも、セミナーを受講し、その後自ら書いていくとよ~く理解できるもの。

当時受講した際には、私は反則行為をしており、終了後にインストラクターさんとオブザーバー参加のインストラクターさんも交えて、食事に行ったことを思い出す。

私がセミナー時に書いたマインドマップのセントラルイメージがビールジョッキだったことが、某インストラクターさんの記憶に焼きついたらしく、ビールを飲みながら語る私に激しくそのことを同席者に語るのであった(^^;

まだマインドマップを体験したことのない方、このツール活用によるすっきり体験を是非味わってもらいたい。

なお、ブザン公認のiMindMapというソフトウェアも登場しているが、いきなりこのツールを使って何とかしようと考えるのはあまりよろしくなく、まずは手書きというか、通常は手書きベースで行うものであり、プレゼン用のマインドマップ作成や議事録をその場でスクリーン投影するのにこのソフトは向いているという位置づけになるということをお忘れなく。

2008/06/01 日曜日

メディアのもたらす精神と感覚の関係(吉本隆明説)

Filed under: PCネット・ビジネス — 咲本 @ 17:21:24

下記、オモロかった。

じゃあ、なぜ、感覚と精神は同時に発達しないかってことなんですけど、これは理論的には、僕らの言語論的な考え方なんです。要するに、精神、心というのは僕らが言う内臓語っていうか、内臓の働きが問題になるんです。それと違って、視覚とか聴覚とか嗅覚とかいう感覚のほうは、大脳に神経がつながっていて、大脳が判断する。つまり、大脳の働きが問題になる。そうすると、気分が、心が動くっていうのは、内臓の働きなんで、そこには大脳を通過してどうしたなんてことは関与しないんですよ。たとえあったとしても、それは第二義的なんです。だから精神の発達に関しては、メディアがどのように発達するかなんてことは、第一義的には関係ないよってことになるんですね。・・・(p.243)

僕は、そういう理解をしているんで、情報メディアが発達すれば感覚が発達して、精神も発達していくんだっていうようなことを考えている情報科学系の人たちのいうことは、違っていると思っているんです。まあ、ギリシア時代の人たちと、メディアの発達してきている今の人たちとは、感覚が違うということはあるんでしょうが、精神、魂とか心とかって言ってもいいんだけど、それはほとんど変わってないんだってことは重要なことだと思いますよね。そこの混乱は大変な間違いです。 (p.244)

悪人正機 (新潮文庫) 悪人正機 (新潮文庫)

さらにはマルチメディアの進展っていうのは、人間にいかに「利益」をもたらし、いかに「損害」をもたらすかということにすぎないとも言っている。

さすが、明快に本質的なところをついてくるなあ。

2008/05/31 土曜日

会食の続く日々

Filed under: 食べる・呑む — 咲本 @ 20:39:39

今週も月曜以外は毎日会食で埋まった。

ちょっと体験したことのないお店ということでいうと、火曜日は恵比寿駅から徒歩5分くらいのところにあるベテラン・フードコーディネータ さんが経営する野菜のおいしいお店。

雑居ビルに店名しか書いていないので、実質的には完全紹介制のような感じでお客が集まっている。
絶品の野菜を使った創作料理はしょっちゅうメニュー変更がなされる模様。
フードコーディネータのオーナーさんが、ひとつひとつの料理についてご説明いただき、このトークがまたおもしろく、とてもフレンドリーな雰囲気。
料金もさほど高くはない。
当初、ステーキを食べに行こうとお誘いをいただいたのであったが、こちらのお店のほうがカラダにやさしく、大いに満足できた。

その後六本木のクラブに移動、閉店後のホステスさん達とのアフターへとなったので、帰宅したのは3時を過ぎていたのがカラダにやさしくはなかったが(^^;

昨日30日は神楽坂の露地にひっそりと佇む古い日本家屋を利用した和風フレンチのお店に行った。

町並みやお店の雰囲気が京都の祇園・石塀小路を想起させ、京都の人間としてはとてもほっこりした感じで馴染めた。
神楽坂のお店は今回でまだ2店舗目の体験でしかないが、この界隈の雰囲気がたいへん好きなので、これからもそういった機会を増やしたい。

来週もすでに3件の会食スケジュールが入っている。
この勢いだと全日埋まってしまうのだろうか(^^;

2008/05/26 月曜日

個人的な隠れ家的存在の呑み屋でほっこり

Filed under: 食べる・呑む — 咲本 @ 22:50:11

朝6:30からのミーティングによってスタートすると、午後18:00にもなるとヘロヘロになってしまう。

このまま仕事をしていても仕方がないので、帰社。

この時間からカラダが求めているのはアルコールであり、夜からはアルコールが少しくらい入らないと元気になりようがない。

余談ではあるが、たまに下戸の方がいるが、これは人と腹を割った本音の話をすることができず、どこかのタイミングで騙し打ちしようと思っていたり、本音どころが本質的なウソつきだという一種病的なところがお酒の飲めない原因となっているんだと確信している。
もちろん、物理的原因もひとつの原因とはなっていたとしても。
さて、標題に合致するお店はイロイロあるが、普段気軽に行けるお店の代表選手は某Sというお店。
(あくまでも「隠れ家」なのでお店の名前は言えまへん。)

店名が某焼酎の酒造メーカーそのままで、どうやらこのお店のオーナーが、この焼酎がお好きで、メーカーのオーナーとも知り合いであるらしい。

当然、おいしい焼酎が堪能できて、とりわけ焼酎とミネラルウォーターとを6対4でブレンドして甕の中で寝かせたものは、とてもマイルドでありながら、風味も失われておらず、焼酎好きは一度は呑んでみるべしと言えるもの。

食べ物もおいしいものを出してくれる。

白レバーの刺身、自家製さつまあげ、串に刺していない京丹波産の焼き鳥各種。。。

お店の外観も内装も、その界隈に似合わずちょこっとお洒落な感じであるのだが、スタッフの方々はとてもフレンドリー。
はっきりいって、一元さんは気取っているように見えなくもなく、とても入りにくい(^^;

あっ、こんなことを書いていたら、「もっと仕事しろ~」なんて罵声を浴びせられるかもしれない(汗)

今から仕事をするから、たまには許してちょ~~ん。

2008/05/25 日曜日

リッカルド・シャイー指揮のブルックナー交響曲全集

Filed under: 雑記, (主にクラシック)音楽 — 咲本 @ 18:10:36

ずいぶん前にHMVで購入したまま放置していたリッカルド・シャイー指揮のブルックナー交響曲全集を取りだして第5番と9番を聴いてみた。

ブルックナー交響曲全集 シャイー指揮コンセルトヘボウ管交響曲全集 シャイー指揮コンセルトヘボウ管、ベルリン放送響(10CD)

イタリア系の指揮者ということでブルックナーらしくない情緒的な演奏かもしれないとの先入観があり放置してしまっていたのであったが、聴いてみると何のことはない。

大好きなイタリア系指揮者ジュリーニのように、これはどちらかというとオーソドックスな演奏。

しかも細かなところに配慮が行き届いていて、思わぬサウンドバランスを示してみたりする。

一部フォルテシモで力強く演奏させようとし過ぎるためなのか、コンサルトヘボウ管が苦しそうに感じられるところもあるが、それを差し置いても、全体的にはうまくまとまっていて予想以上にすばらしい。

少なくともブルックナー演奏では巨匠のヨッフムと並ぶくらいの満足度。

全集の割にはかなり安価なので、気づくのが遅かったがこれはよい買い物(^^;

とはいえ、その後にはお口直しというわけではないが、チェリビダッケの出ているCDで最高の出来だと思っている、サントリーホールでのライヴ盤の5番を聴いて、昇天しっぱなし状態になるのであった。

いくらシャイーがよかったといってもチェリと比べものではなかった(^^;

交響曲第5番 チェリビダッケ&ミュンヘン・フィル(1986年サントリーホール)交響曲第5番 チェリビダッケ&ミュンヘン・フィル(1986年サントリーホール)

2008/05/24 土曜日

20年ぶりの再会

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 21:52:07

昨日は早めの時間から会食が入っていて、そちらの終了後もすぐ近所で会食というダブルヘッダーだった。

あとの会食のほうは、20年ぶりに再会した仕事でご一緒したことのある先輩のTさん。
ホント、嬉しかった。
Tさんも以前の職場とは変わっておられ、現在は某大手企業関連会社のクリエイティブ・ディレクター。
昔からそういうお仕事の似合いそうな方で納得。

ちなみにお会いできたのはmixiのおかげ(^^;

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