バレンタインはブロンデル

昨日は入手困難な東京のブランド豚のしゃぶしゃぶを彼女のおうちでいただいた。

いろいろとご馳走になってしまっているが、何を食べても「おいしい」ので、料理上手らしい安心感を抱かせてくれる。

これは、気取って高級食材づくしで納得させるということではなく、完全に家庭料理として満足感を得られるという意味。

14日が月曜ということもあり、帰りにチョコレートをいただいた。

甘いものが苦手な人間として「喰えるのかな?」という不安もあったが、いただいたのはスイスの老舗であるブロンデルのもの。

実際に食したら、甘いことには変わらないが、ちゃんとした作りからなのか、全部食べてしまうことができた。さすが、未来の嫁さんの見立て。

もし甘くて食べられなかったら嫁はんに返品してほしいと言われてたのだったが(笑)

結婚に至る実務的な話を少しした。

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毎日かあさん

昨日、新宿ピカデリーで観た。

5年前に東京に来てから、映画を観るのは初めて。

なおかつ、エンタメ系となると何十年ぶりかもしれない。

普段から映画を観なかったことからシネコンに行ったこと自体、初体験。

昔ながらの映画館と随分違うものなんですね。

で、「毎日かあさん」で泣いちゃいました。

基本的にはお笑い部分がとても多いのだけど。

今までエンタメ系映画のことを食わず嫌い的に避けてきたが、ストレス解消にはとてもいいものなんだということに、この歳になって初めて気づいた次第。

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誕生日にナッツのタルト

本日は誕生日ということもあり、というか、会社代表者を交えてのミーティングが夜にあったのだが、私が結婚を前提としたお付き合いをしている人が待っているとのことを言うと、すぐに理解していただき開放いただけた。

ホントに待っていただいていたので、急ぎ帰路に向かう。

待っていたのは、彼女と手作りのナッツのタルト。

全く飾らず部屋着同然で駅まで迎えにきてくれて、そういった自然体で対応してくれるところが逆に感動する。

あっという間に求めてもいなかった結婚が彼女と出会ったことで近づいてきている。

いただいた翌日の朝食としてコーヒーとともにいただいたが、私の甘いものが苦手なことを配慮してなのか甘さ控えめで、バターの風味がよく、しかもトッピングがナッツということもあり、おいしくいただけた。

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私事ではありますが

来月2月の節分には46歳となってしまうので、いいオジサン年齢ではありますが、昨年暮れから結婚を前提としたお付き合いが始まりました。

一生独身でいく予定でいたのですが、こんなことってあるのですね。

私が一目惚れしてしまったことから始まりました。

何の準備もしていなかったので、一から人生設計作り直しです。

これから頑張らなくっちゃ。

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植村花菜の歌に涙

おばあちゃんを題材にした「トイレの神様」を聴くのは初めてではないけれど、改めて聴いて涙が止まらなくなった。

今後、どのようにヒット曲を出そうとしていくのか、かなり一発屋で終わりそうな予感がたっぷりな感じだが。

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リリング指揮のベートーベン第9番「合唱付」

テレビをつけると、ちょうどNHK教育でベートーベンの第9をやっているところで、第3楽章途中から聴き始めた。

リリンクという指揮者で、どうやら古典中心でミサ曲などの演奏が多い指揮者のようである。

それにしても、あっさりしすぎた演奏。

こんなに早めのテンポであっさり曲が流れていってしまったら、おそらく昇天するところまで曲を昇らせていきたかったであろうベートーベンの意思を台なしにしている。
「溜め」のようなところも一切ない。
静寂をしっかりと感じさせるようなところもない。

古典が得意らしいので、おそらくはバッハやモーツアルト扱いでこの曲を解釈する立場といったところか。

テレビでは演奏が伝わりにくいことは確かではあるが、この程度であれば生で聴いてもガッカリすることは間違いないところであろう。

この曲は個人的には昇天する境地にまで至らしめる演奏でなければならないと思っている。

こんなしょうもない曲を聴くくらいだったら、一昨日、バツイチの理知的美人である某方と、明け方までキスしまっくていたその時のほうが比べものにならないくらい昇天したというものだ。(素人の方ですよ。)(笑)

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スダーン指揮東京交響楽団、ブルックナー交響曲第8番ライブ

8月にブログシステムをバージョンアップして以来、フィード出力が無効となっており、その改善策を模索する中、未だ解決できずに困っている。

昨日はサントリーホールで開催されたユベール・スダーン指揮/東京交響楽団定期演奏会に行った。

演目は1曲目のショパンピアノ協奏曲第2番は居眠り用(実際、眠るつもりはなくても、曲自体が眠い曲なので知らず知らずのうちによく眠れた。)として、本命はブルックナー交響曲第8番。

スダーンの演奏はCDでも聴いたことがなく、どんな演奏になるかの想像もできない状態での演奏会参加であった。

実際に聴いてみて、東京都交響楽団の音楽監督でもあるスダーンが目指したいサウンドがよくわかった。

それは、ブル8の演奏の際、第1トランペットと第1トロンボーンを1名ずつ増員しているところ。

なぜ増員したかを想像するに、ヨーロッパ並の音質が太くパワフルなフォルテシモを実現したかったからだと思う。

要するに西欧オケの1名分のパワーを出すのに、2名で目一杯演奏させることで実現させようとの試み。
実際、その試みは完全に成功しており、特にトロンボーンは国内オケでは絶対にありえない弦楽器全体のフォルテシモの音量をほとんど消してしまうパワフルさが発揮されていた。

全体的にはピアニッシモの部分がほとんどないのが難点だが、旋律を浮き彫りにさせていく演奏が特徴で、いろんな指揮者で見受けられる休止部分を長く取るというようなこともなく、比較的淡々と流れてゆく感じ。

とにかくトロンボーンを中心としたパワフルさを感じさせてくれる演奏。 トロンボーンのパワーはトランペットのフォルテシモの音を消してしまいそうなほどのもの。
でもパワフルさは増しても、ピアニッシモの美しさを感じさせてくれるところはなかったので、ダイナミックレンジが大きいということではない。

まあでも、ヨーロッパのパワフル系オケのような演奏をさせただけでも素晴らしい指揮者であるといえる。

あと、国内オケでは珍しく、ホルンやワーグナーホルンで多用されるソロ部分でのミスがなかった。

スダーンは細かな表現の云々というよりも、全体としてのサウンドをまったく国内オケではありえなかったものに変えてしまうことを狙って見事に成功していたと思う。

ただ、それは確かに新鮮な体験となったが、だから中身はどうなの?ということになれば、もっとどっしりとしたテンポで構えた演奏をしていってもよかったのではないかと思った。

あと、フォルテシモ部分の演出という意味では、ティンパニー活用の工夫が足りなかったのではないか。

国内オケの場合、金管の慢性的パワー不足は承知しているが、少なくとも木管の名演は堪能できるケースがほとんどであるにもかかわらず、今回は木管が大したことがなかった。

おそらく本番までの短い時間の中で、そこまで綿密に指示が出し切れなかったのが原因かと想像する。

演奏終了後、最初のショパンの演奏終了後、気になっていた予感が的中する形で、ブル8演奏終了直後に「ブラボ~」の声掛け、拍手と続いてしまうという、演奏会としてやってはいけない終わり方をしたのがとても残念。

そもそも「ブラボーおじさん」なんて、どうせどんな演奏をしても「ブラボー」って言ううだけの何の価値もない人だし。

サントリーホール側としても1曲目の演奏直後に「ブラボー」が入ってしまったわけなので、ブル8演奏前にアナウンスで指揮者が手を下げるまでは、声や拍手は絶対に行わないようにアナウンスしていただくべきだ。

終了後は腹ペコだったので、自宅近くの「サンプレ」に入り、ポルペッティーニのトマト煮、アンチョビのピザ、オリーブ盛り合わせ、自家製ピクルスなどを食べる。

お店ではたまたま33歳の経営者と同席することとなる。

彼はタイ・カンボジア・日本の3国で会社を立ち上げているベンチャー だ。
一年の大半を海外で格闘してきていることを感じさせる豪傑タイプ。
楽しい時間を過ごした。

そういえば一昨日も台湾人で日本を拠点としつつ、中国にも出入りしている貿易系会社社長とたまたま再会して楽しく食事させていただいた。

単なる入ったお店で偶然で同席しただけなのだが、 何らかの形で仕事にも直結してしまいそうな感じだ。
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名は体をあらわす、体は音楽にも大きく影響される?

名は体をあらわすというが、私の仮設としては、普段聴く音楽によっても人相が変わってくるのではないかと思っている。

私が40代以降になって最も聴く音楽はブルックナーの交響曲。

30代後半はチェリビダッケ指揮のブルックナー以外のクラシック。
30代前半はチェリビダッケ以外のクラシック。
20代後半は大編成オーケストラによるクラシックとヒップホップ・ブラックミュージック。
10代は大編成オーケストラによるクラシックと戦前・戦中のジャズ。

よく私の顔を観て「学者さんですか?」と言われる方がたいへん多いのであるが、それは学者的な生活を送ってきたというよりも、クラシックを大量に聴きまくってきたことによる影響が大きいのだと「クラシック音楽顔」って確かにあるんですよ。

クラシックに疎い方向けに言うと、有名人でいえば、女優の松下奈緒、バラエティによく出るヴァイオリニストの高島ちさ子、同じく ヴァイオリにストの葉加瀬太郎、日本が誇る世界的指揮者小澤征爾と挙げていけば、何となくみなさん風貌が学者的にも見えなくもないというと言えなくもないかと思うんですが。

そこから発生するのが、「良い音楽?」を聴かせた植物の成長がよいとの実験結果が発表されているように、人間に与える音楽というか聴覚情報の人体への影響という点についてだ。

嗅覚はわかりやすく、直接情報が血管に入っていくので、そこから物理的反応が起こる。

聴覚というのは、その点とてもわかりにくいのではあるが、どう考えてもヘッドホンで頻繁に聴いていくことによる、その音楽が作用する影響というのはありそうな気がする。

私の頭脳なんてたかがしれているのに、とても賢そうだと思われる場合がとても多くて困るほどだ。

厳密には、おそらく私の人相ということで言えば、日々の食事やサプリで摂取している栄養素によって、比較的若々しく見られやすいといったことも大きく反映しているのだろうが。

いずれにしても、まだそれほど成果の挙がっていない聴覚への人体への影響に仕方ということが、とても気になっているのである。

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文部科学省系民間主催シンポジウムに参加

昨日は六本木ヒルズのハリウッドビューティ専門学校のホールで開催されたシンポジウムに参加。
ホールを提供された責任者から、ご推薦をいただくことができ、前日に主催者代表の方に直接電話連絡することで参加できた。

現・文化庁長官と前・文科省副大臣の基調講演を経て、大学・専門学校・日本語学校の重鎮によるパネルディスカッション。

その後、懇親会。

イベント参加はここのところ、かなり久しぶりの感があるが、参加者の質が極めて高かったこともあり、私としては、いくつもビジネスに直結する方々とお会いできるとてもよい場となった。

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大人気であるハーバード大のサンデル教授のNHK放送を観た

昨日22:00にNHK教育テレビでETV特集「ハーバード白熱教室@東京大学 日本で正義の話をしよう」が放映された。

最近の新聞記事などでもかなり取り上げられているマイケル・サンデル教授がどんなものなのか、気になったので観てみた。

テーマは前半が「イチローの年俸は高すぎる?」、後半が「戦争責任を議論する」。

途中、前半に関連して「東大の入学資格はお金で買える?」や、後半では「家族に対する忠誠心の問題 」「弟の殺人を通報する?」「愛国心の問題」「世代を超えた道徳的責任の問題」と、次から次へと関連問題を投げかけながら、会場からの意見ベースにすすめるスタイル。

とはいえ、サンデル教授によると、「正義」に関する古典的考え方としては次の3つに大分類される。

  1. ベンサム的な功利主義:最大多数の最大幸福:大金持ちから多額の税金を取って貧しい人にまわすべき:富の再分配を擁護:とはいえシステムそのものを崩すような対応は功利主義に反する
  2. カント的な人間の尊厳を尊重する立場
  3. アリストテレス的な美徳と共通善を築くことが重要だとの立場
1.に反する意見として、当然ではあるが、リバタリアン的な発言がいつくか登場。

そのリバタリアン的な対抗馬としてコミュ二タリアリズム的意見も出て、こちらの立場に立つサンデル教授としては、後半はその代表意見者たる「ケンジ」と「マコト」に何度も意見を求める形となっていた。

こと、大学や大学院でゼミを行うような立場としては、これはアリかと思うし、どんな意見が出てくるかもしれないリスクがあるわりには、うまくやっているなあと思った。

ただ、問題点としては、通常のゼミの場では、これほどの活発な意見が出るわけもなく、そのままスタイルを真似ることはできない。このような活発な意見の出る土壌を作るための前作業が必要。

あと、彼の議論を持ちかける正義論の帰結としては、コミュ二タリアリズム的立場となり、それは著書によって明白なのであるが、それを認識していて聴講に参加した立場の人間なら、いくらそこで即興的に参加者の意見ベースとして展開していこうとしても、もっていく帰結は前もってわかってしまうので、その点についてはどうなのだろうかと思った。

私は敢えて分類すれば、ずっとリバタリアンでいるのだが、彼の行う議論というのは、国や生きてきた環境によっても随分変わってくるので、そこで多様な意見が出て、「イロイロな意見があるよね。イロイロな立場を考えてみましょう。」というレベルにいつの場合にでもとどまるのであれば、それは、たとえ偏った意見にうつったとしても、自分の主張をいかに説得的に語って伝えたいことに気づいてもらうことに精力を注ぐかということのほうがよいのではないかと思った。

反対意見が絶対発生するテーマだったら、それも致し方ない。

ただ、ディベートのような多様な意見を出させながらすすめる必要がある際に重要なのが、発言者の名前を言わせて、それを記憶し、その意見者の意見が必要な際には名指しで意見を求めるろいうテクニックは参考になった。

昨日作成した今週用おかず類。

めかじきのカレー、オクラとししとうのカレー、こまつ菜のおひたしカラシ和え、子持ちカレイの煮付け、新生姜による紅しょうが、かぶ酢、かぶの葉塩もみ、キャベツ・なす・キュウリの浅漬仕込み、サワラ・鮭の西京漬仕込み、本日用かつお節削り。

本当はこの土日に開催されていた「ふくろ祭」に出掛けたかったけど、いけずに残念。

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