ヴァントのブルックナー4番ほか
最近購入したばかりのブルックナーのアルバムを聴く。
NIKOLAUS HARNONCOURT,WIENER PHILHARMONIKER ブルックナー:交響曲第9番
まずはアーノンクール指揮の9番。
ブルックナー解釈であれこれいっぱい主張したいことがあるのか、このアルバムでは9番の第4章は存在したとして語りとその音楽を収録したCDが1枚余計についてくる。
「余計」だというのは、個人的に私にはどうでもよいことで、そんなものを付けるくらいなら、そのCDの枚数分購入価格が安かったほうがマシ。
3楽章までの曲はアーノンクールの「秀才ぶり」を存分に楽しめる。
とりたてて文句のつけようもなく細部までまとまってもいるし、ウィーンフィルの演奏もものすごく美しく、CD自体もSACDとして発売されており音質もよい。
人によっては歴史に残る名演だと評するかもしれない。
でも私はあまり高く評価できない。
なんというか、面白みに欠けるとでもいえばよいのか、ちょっとしたタメやマといった余裕がないとでもいうべきか。
まったく違った言い方をしてみると、量子力学を知っている者にとっては簡単に説明できてしまうモノの振る舞いについて、それを知らないながらもニュートン力学を駆使していいところまで量子的振る舞いの説明に肉薄しようとしている人を想起させるとでもいおうか。
だからその肉薄しようとする姿に接すると迫力を感じるが、しかしいくらがんばっても所詮は量子力学には届かないということにもなる。
私は秀才の演奏よりも天才の演奏のほうを好む。
Günter WAND Münchner Philharmoniker,Anton Bruckner Symphony No.4
そういった意味では同時に購入したギュンター・ヴァントのブルックナーは、チェリビダッケにはかなわないながらも、間違いなく天才の領域だ。
今回購入した4番の演奏は、ブルックナーに関しては抜群の演奏力を見せ付けてくれるミュンヘン・フィルとのもので、 ヴァントが死去する直前のライヴ・レコーディングだ。
チェリが音ひとつひとつの響きとその変化、音の立ち上がりから消滅に至るところをしっかりと聴かせてくれるのに対し、ヴァントの場合には音というのはしっかりとした輪郭と芯があるもので、輪郭ある音のツブツブ感を細部に至るまで浮き彫りにさせてくれるような演奏である。
またそのツブツブ感が心地よいテンポ感を生んでもいる。
そのほかにも、ヴァント+ミュンヘン・フィルの8番も購入したが、Amazonで見当たらなかったので書くのは省略。
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