宮沢賢治「貝の火」補足
昨日宮沢賢治の短編童話「貝の火」を紹介しながら、例えば「ビジネスの成功」って一般的に言われているものは、そのほとんどが「天上界」を目指したものであって、だとすれば必ずしもそんなにいいものとはいえないというようなことを書いた。
http://blog.tokeidai.net/reading/kainohi/
ちょっと補足しておかないと、このままでは大きな誤解をされかねないので、若干コメントをば。
ただ、補足自体が宗教的な話でもあるので、さらに誤解される可能性があるかも(^^;
私自身も随分前のことにはなるが、頭も冴えわたっていると感じられ、次々とアイデアが発生し、何をやってもやること全てがうまくいき、お金もザクザク入ってくるし、精神的充足感に満たされた感覚でいられた時期があった。
これは今から思うに「天上界」の状態であり、地獄界よりもある意味危険な状態。
このような状態になると、品のよい余裕のある紳士っぽく振る舞おうと意識もするし、実際そのようにしていた。
謙虚であることを忘れずにと思い、人のお役に立ってナンボ!という気持ちもあった。
しかも、「精神的に極めて心地のよい」状態であった。
自分では謙虚を心がけようとは思ってはいても、やはり今から思うと、そういうスタイルに酔っていただろうし、いくら本人は世の中の善人みたいなつもりではあっても、それは「ずる賢い悪魔に取り憑かれていた」といえば極端かもしれないが、振り返るとそのような感じがしてしまう。
宮沢賢治の童話に無理矢理当てはめると、この「ずる賢い悪魔」というのが「キツネ」に該当する。
そして、よかれと思ってやっていることが、本当は世の中にマイナスを与えることにしかなっていなかったりする。
子ウサギのような(それは過去の私のようでもあるのだが) まだまだ善根の乏しい者は、キツネのような狡猾な悪魔に騙されるなどして、あっという間に落ちていく。
その状態が長続きするのは、よほど過去生で苦しい思いをしながら善根を積んできて人であろう。
例えば、石油王の子どもとして生まれてくるような生まれながらにして大金持ちの人とか。
大方の人は、一見天上界であるように見えつつも、宮本武蔵のように「修羅界」において実力で人をぶった切ってのし上がり続ける人であったり、ちょっと講演を依頼しただけで新幹線グリーン車代と超高級ホテル宿泊代まで平気で請求してくるような性根を持っているような「餓鬼界」の人である場合が多いのだろう。
要はビジネスでうまくいくというのは、多かれ少なかれ、悪人でなければうなくいかない側面がある。
子ウサギが宝物をもらえたのは、自分の命を投げ出してひばりの子どもを助けたからであった。
いくら人様のお役に立つ側面がビジネスにあるといえども、自らの身命を投げ出してお役に立つというつもりなど毛頭ないどころか、10円のものを100円で売るという、ある意味では人を騙してメシを喰って生きていることからは、宝物との距離は遠すぎる。
そんなことを言い出したら、儲けることなんて全くできなくなるから、普通は深く考えようとしないということがまかり通っている。
最悪の場合には、なんだかんだいっても結局は儲ける人は偉いという、王族の息子として生まれたにもかかわらず、真理を求めて家を飛び出したお釈迦様を鼻で笑うかのような開き直った考えの人まで出てくる。
イエローハット代表の鍵山さんという方がいて、直接お話をしたこともなく実際のところはなんともいえないが、この方は会社の創業時の不安定な時期から、誰に自慢するわけでもなく社員にバカにされながらでも、毎日欠かさず会社のトイレ掃除を続けてこられた。
まさに40年間毎日欠かさず。
念のため自宅のトイレではなく、社員の使う会社のトイレだ。
しかも、会社が安定してから、良い行いをしていたら良い見返りがあるかもしれないという「リターン」を意識しての行動でもなく。
商売の基本的考え方は投資があってリターンがあるというもの。
つまり良い行いをしたら良い結果が返ってくる。
これはあくまでも因果律に基づくことであって、当然といえば当然。
だが、因果律に従ったままでいくと、ある時には天上界、ある時には餓鬼界、そして気がつくとずっと地獄界という六道輪廻の世界をぐるぐる回っていくだけとなる。
その因果律を断ち切ることになるかもしれないのが、子ウサギの命を投げ打った行動だった。
その行いをもっと小さくしたのが、鍵山氏の見返りを求めない掃除であったのかもしれない。
それを知ったキツネのような人であれば「あっ、そうか、トイレ掃除という投資をすれば、会社が発展するというリターンが得られる」と考える。
このキツネのような人達が、ビジネス書を漁って読む読者にたいへん多い。
このような人達は、狡猾な著者が印税でメシを喰うための存在としてしか意味をもたない。
蛇足ではあるが、「成功」を語る著書やセミナーは、主催者の経済的「成功」を目的としたもので、 内容がインチキかどうかを判断する便利なキーワードと考えておいてちょうどよい。
見返りを求めない行動や身命を惜しまない行動は美しく見えるわけだが、「その対象を間違うな」というのが宗教の教え。
好きになった彼女をその対象として身命を惜しまないというのは、必ずしも美しい行動とは言い切れないのだ。
さて、このようにビジネスで成功することがあまり褒められたものではないとは言うものの、だからといってビジネスの世界で何も考えずにただぼおっとルーチンワークをしていくだけというのがいいというわけではない。
これを「畜生界」といい、地獄や餓鬼と較べると少しだけマシではあるが、人間界にも至っていない。
ではどうすればいいのかなんて、取り急いで結論を私に聞くようなことはしないでほしい。
答えを知りたければ、三千帖にものぼる膨大なお経があるから、そちらをご参照ください(^^;
ちなみに私はどこの宗教団体にも属していません。
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