インターネットの今後のことを思考していくと
弊社の一部で高い関心が持たれているのは、量子物理学の最新研究動向。
インターネットが登場してわれわれの社会は大きな変貌を遂げてきている。
今後の先端技術の応用のされ方次第では、どうやら私がまだ生きている間に現在の技術が超原始的としか見えなくなるような大変貌が起こってしまいそうな兆候が見えてきている。
大変貌するとは、当然のことながら我々の生活や思考にも大きな影響を及ぼすような変化があるということ。
『WEB進化論』の著者と彼がヒイキにしているネットベンチャー社長は、そんなところへの視線を何ら感じさせないまま、単にシリコンバレーに行っているようにしか見えない。
彼らにGoogleのやろうとする一歩二歩先のことを実践していけるのだろうか?
もしやるとして、技術開発のための莫大な資金、たとえば数千億円といった額を捻出できるのだろうか?
そう考えると、彼らのレベルではちょっと無理なんだろうと考えざるをえない。
インターネットによってわれわれの時空感覚が変わった。
確実に変わっているのだが、そこまで言ってしまうと言い過ぎだということであるなら、少なくとも大きく変わりつつある。
この時空感覚が将来さらに大きく変わっていくことが、 われわれにとって明らかに害悪であるということにならない方向で考えられるのであれば、そこを大きく前進させていくことに貢献していこうと考えることは決しておかしなことではない。
その場合、技術的なところはやはり先端的物理学の研究動向に見てとれるということになる。
また、技術だけではダメで生活に及ぼすところについては、知の考古学とでもいうべき研究も必要。
これは、たとえばミシェル・セルトー『日常的実践のポイエティーク』のようなアナール学派的観点からモノが言えることはもちろんのこと、文明論、経済学、政治学のようなところからも語れる必要がある。
こんなことを書いていくと、私がキチガイにでもなったとか、場合によれば危険思想の持ち主みたいな印象を抱く人もいるのかもしれないが、もしそんな人がいたとしても頭の回路からいって私のほうから相手にしたくない人なのでどうでもよろしい(^_^;
もっと現実的なことだけを考えていたらそれでいいのでは?という人もいるかもしれないが、現実が大切なことはそのとおり。
だからそれはそれでやっていこう。
ただ、現実「だけ」が見えるか見えないかのレベルでしかなく、一歩、二歩、十歩先の見えない・語れない・そういう未来を創っていこうとしないベンチャーってショボすぎない?というか、ベンチャーでさえないのでは?ということを、私からも疑問として提示したい。
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