2006/05/03 水曜日

飛び込みで「志る幸」の懐石を食す

Filed under: 食べる・呑む — 咲本 @ 00:32:46

とある仕事が発生しており本日は急なことではあるが安ホテルに籠もることにした。
5月2日だというのにうまく部屋がとれてよかった。

京都の繁華街にあるこのホテルから晩飯を食べようと外に一歩出たら、そこは京都の中心的繁華街なので若者を中心にものすごく人が多い。
メシを食べるのにもこれだけ人が多いと、独りでゆっくり落ち着いて食べる場所確保に困る。

何気なくふと河原町と木屋町の間の路地を入ったところ、チェーン店ではなさそうな古めかしい建物の料理屋さんがあり、どんなお店なのかもわからないまま、いちげんさんの飛び込みで引き戸を開けた。
あとで気づいたのであるが、ここは有名店であるらしく、カウンター状の席が並ぶ店内の席は8割以上埋まっていた。

↓それにしてもほかにはお目にかかったことのない個性的な店内。

志る幸店内1

写真のようなまるで能舞台にも似たカウンターにとりあえず座ったのであった。
ちなみにこの後ろと左には橋の欄干を模したようなカウンター席がある。

ちょうど客の視線が能舞台のようにタタミの上を料理を持って行き来するスタッフにいくこととなり、傍目からすると一種異様とも思える雰囲気となり、座席の形態のためなのか客はしゃべり声もひそひそ話程度であって、静かな店内に「舞台」から降りてうしろ側にあるカウンター席に料理を運ぶスタッフさんの下駄の音がやけに響き渡る。

メニューを見せてもらったが、たくさんの品数があるので何がお薦め料理なのかが判断つかず、コースのように適当に見繕ってほしいとお願いしたところ、結果的に要予約でしか受け付けられていない懐石料理の扱いとなってしまった。

それにしてもまわりを見渡すと、みなさん食べているのが同じもの。
これは何かな?と気にしていたところ、客が入ってきてまた同じものを注文したので、これが有名であるらしい「利休辨當」(りきゅうべんとう)であることがわかった。

どうやらこのお店は京都観光のガイドブックでは定番的に紹介されている有名店だったのだ。
そんなことすら知らずに入ってきている客は私だけ(汗)

古高俊太郎

実はこちらは↑の店内写真に見られるように、勤王の志士、古高俊太郎がこの地に「桝屋」を構え、討幕運動の拠点ともなった跡地であった。

「志の幸」自体も昭和7年創業とのことで、いわば老舗。

どんな料理で有名かというと、一般的には「利休辨當」2,400円くらい。
これは言ってみれば観光客対策用ともいえるものなのであろう。
実際、店内にいた客はおそらく私以外全てが観光客であっただろうし、私以外全てがこの弁当を食べていた。

あとで知ったのだが、ここの本当の名物といえるものは、赤みそ、白みそ、すましの汁物。

汁物

それだけに↑のように大きく表示してある。
汁物で一番人気は京都らしく白みそとのこと。

実際に懐石最後に出てくるお食事になめこととうふの白みそ汁が出てきたのであったが、本当に絶品といえるものだった。
また、初夏らしくハモとじゅんさいのすまし汁も出てきて、こちらもハモのダシが利いていて、しかもハモがとてもやわらかく、今までたくさんハモのすまし汁をたしなんできた私もこれまでの中で最高の味といえるものだった。
ただし、単品で注文した場合には、みそ汁1杯が1,000円以上する場合もあるのでビックリしないように(^^;

そのほかにたまらなく美味だったのが、天然鯛の身と白子の造りであった。
天然の鯛の水分を吸収していって極限まで味を引き出そうと下処理をされた身は、味が濃厚かつ身がプリプリでたまらなかった。
京都の街は海がそばにないので基本的においしい造りは期待できないのであるが、これは別物だった。
大根のツマのような添え物にもさりげなく茗荷が混じっており、単なる飾り物ではない料理人の心配りがうかがえた。

あと、子持ちモロコの照り焼き風のものもおいしくてビックリした。
モロコを食べる機会なんて今までまるでなかった。
こんなにおいしいものであることを知らなかったのは私だけだったのだろうか。

それから、なぜだか鴨ロースも名物料理だとのことで出していただいた。
こちらはレモンを搾ってそこに和からしをのせ、しょうゆのようなタレをつけて食べる。
レモンが鴨の脂っこさを緩和してくれ、かんでいけば中からエキスがどんどん出てくるといったような感じで楽しめた。

それ以外に出していただいたものは最初に出てきた八寸、あと若竹煮、お食事、デザート。

とりわけお食事に出てきたちりめん山椒ならぬ「鯛ちりめん」。
よくあるちりめん山椒よりも細かく、その分しっかりと味付けがされていて当然山椒もよい風味を出しており、これまた当然ご飯が足りなくなり、おかわりした。
一度これを食べると、普通のちりめん山椒には大して興味がなくなるかもしれないほど美味。

最後のデザートの中にイチゴの一部分に砂糖を固形にしたものをうまく付着させられていて、これはこれで凝っているなあと思ったのであったが、食べようとしたところ、イチゴ上部についている葉っぱのところが実はきれいに切断した上でひっつけてあったので、スルリと簡単に取れた。
細かいところにまで配慮された料理人の一端が伺い知れた。

こうして食べ終わってみると、こちらのお店も商売上の生き残り戦略としてやむなくお弁当を売り出しているのではないかと改めて感じたのであった。

お弁当であれば、歴史ある場所でありながらお手頃価格で楽しめるので観光ガイドブックに掲載しやすく、お店側としてもバックヤードでは仕出し屋さんというか、それこそ弁当屋さんのように大量仕込みをして準備しておけばいくらでもさばいていけるのである。

「複数名で懐石と席の予約ができるのか?」とスタッフの方に質問したところ、基本的にはカウンターでの予約を行ってはいないが、奥に座敷があるのでこちらで8名くらいまでなら対応させてもらえるとのこと。

料理人の仕入れる素材のよさ、すごい腕、細かな料理への配慮、一部高級な器を使用されていたことからすると、このお店も本当は弁当以外の単品を頼んでもらうか、私のように懐石料理として頼んでほしいお店であることがよくわかった。

懐石で頼んだら余計な注文はしなくなるのでよいが、単品でイロイロと頼みだしたら食事だけで1〜2万円くらいにはなってしまうことだろう。
木でできた簡素な椅子なので、長居できそうにないところが気になったが、座敷があるのなら話は変わってくる。

ただ、弁当が売れているために、単品料理や懐石を全面に打ち出したくても打ち出しにくいように思っているお店のニュアンスもよくわかり、その方向への対策は全くなされていないのが現状。

致命的なのはクレジットカードが使えないこと。
弁当を売るだけならそれでも構わないが、今どき「カードは使えまへんのどす」と京都弁で言ってみたところで通用するわけがない。

カードのことに限らず、悪い意味で昔ながらのまま放置されたまま改善されていないところが、この料理屋さんに限らず多くのお店で見受けられる。
仕事柄そういった側面がいくつも目についてしまう。
職業病?(^^;

せっかく料理人の腕がいいのに、もったいない展開をしているお店だなあと思った。
( 辛口に言っているだけで、普通に行けばほとんどの方が気に入るお店になるかと思う。)

志る幸

志る幸外観

さて、せっかくホテルに缶詰を自ら強いているのに、肝心の仕事のほうがいまいち進んでいないなあ(汗)

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