両義性のマーケティング
久しぶりに古典的名著、山口昌男『文化と両義性』を読み返してみる。
初めて読んだのはなんと20年くらい前(^^;
このような記号論的・文化人類学的視座に立った本って、軽いノリのビジネス書を読むよりも、余程マーケティングについて考えていくヒントとなるなあ。
かっちり使わせていただきます。
これらの例が示すように、境界には、日常生活の現実には収まり切らないが、人が秘かに培養することを欲する様々のイメージが仮託されてきた。これらのイメージは、日常生活を構成する見慣れた記号と較べて、絶えず発生し、変形を行う状態にあるので生き生きとしている。日常生活の内側にあった記号でさえ、境界に押し出されると、意味の増殖作用を再び開始して、新鮮さを再獲得する。これは、人間についても言いうることで、人は、自らを、特定の時間の中で境界の上または中に置くことによって、日常生活の効用性に支配された時間、空間の軛から自らを解き放ち、自らの行為、言語が潜在的に持っている意味作用と直面し、「生まれ変わる」といった体験を持つことができる。(中略)
こうして考察してきたところでは、文化の中の挑発的な部分は、それが秘める反社会性のゆえに、発生状態においては、周縁的部分に押しやられるが、絶えざる記号の増殖作用のゆえに、中心部分を生気づけている。中心的部分は、境界を、時と場所を定めて視覚化、強調し飾り立てることによって、中心を構成する秩序に対する「逆定言(カウンター・ステートメント)」を行うのである。(p.98-99)
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