前日に少しばかりお酒を呑んだ翌朝、とある20代女性に1mくらい離れた距離から「お酒のにおいがしますよ」と言われた。
確かに呑んでいたとはいえ、本人にはお酒がまだ残っている感もなく、至って体調もよかったのであったのに、このような指摘を受けたことがちょっとショックだった。
そういえば、年齢を重ねてくるに従って、私から発生する「におい」について段々と配慮するようになってきたように思う。
自分の気づかぬうちに加齢臭がするようになってくるのが自然現象だとすると、それも当然のことなのだろう。
さて、そのような自分自身の「老い」を感じざるをえない年齢となってきて、「老い」ということと「若さ」ということについて、改めて考えてみた。
様々な側面から言えることは無数にあるのだろうが、今回は「思考」という側面から言えることの中のひとつが思いついたので、そのことだけ簡単に記述しておく。
「若い」ということは体力もあり、記憶力にも優れ、好奇心も旺盛だし、そもそも若いほうが脳細胞の数も多い。
ヒット曲に飛びついたり許容できたりする感受性にも優れているのであって、そういった部分は、若い人とカラオケに一緒に行ったりすると、すぐに理解できる。
「老い」というのはその正反対に進んでいくことを指すのであって、このように言ってしまうと一見ロクなことがないようにしか思えない。
でも、世の中ではいわゆる長老と呼ばれるような方々が多数活躍されているわけでもあり、あながち負の側面ばかりだとも言い難い。
そこで、「若さ」と「老い」とをわかりやすく二元論的に単純化して対比してみると次のようになるのではないかと考えた。
【若さ】
特徴:体力、感受性、記憶力
最も活かせる思考:付け加えの思考(付加価値を発見する思考)
【老い】
特徴:経験量、大局観
最も活かせる思考:そぎ落としの思考(要点を絞り込んだり問題点を発見する思考)
このように仮定すると、「老い」というのもあながち悪くもないようにも見えてくる。
(補足的には「ブルー・オーシャン戦略」で言われていることも、「そぎ落とし」をいかにするのかということが最重要課題であるかとも考える。)
すなわち、たとえばブレーンストーミングをやって、たくさんのやりたいことや面白そうなことが発生するばかりでは、どのように落とし込んでいけばよいのか、拡散していく一方となってしまう。
そこで「老い」ている人間の出番となる(笑)
と、書いてきてみると、実は私が当初肉体的な「老い」を想定していたことが、現実的には人によりけりだということも見えてくる。
さらには、一般的に「老い」に分類されるような年齢の方であっても、「若さ」(つけ加え思考)一辺倒で、一切の落とし込みのない方が多くいることも再認識してみたりする。
そういった側面も鑑みると、実際に肉体的に「老い」ていたらよいというものではないのだ。
それは、過去の「経験量」もさることながら、それらの中から発生する「経験の質」こそ重要であって、さらにはそれら「経験」から「学習して身になった一式」、その一式の差ではなかろうか。
ひとりの人間の中に「若さ」と「老い」とがうまくバランスをもって同居していることが望ましいとは思うものの、なかなかそのようなことになっていないのが現実。
ならば、会社内でこの「若い」人間と「老いた」人間とをうまくバランスを取ってやっていくことを意識して組織を作っていくということがポイントとなるのだろう。
追伸
前職で利用していた赤坂のマンションを4月12日に脱出して以後、やっとネット環境が整った。