2006/09/18 月曜日

上場する本音のところは?

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 00:08:44

ミクシィの上場が世間を賑わせている。
上場する企業が登場することと、世間から注目されたこと自体はよい傾向である。

ただ、所詮は他人事だということで無責任な発言をしてみると、今後当分、数十億程度の売上しか見込めないのなら、本来は上場するほどのビジネスモデルというわけでもないのだろうし、もし上場の直接的目的が知名度アップであるというのなら、買収の危険にさらされ、かつ高くつきすぎる宣伝費・IR費ということになりはしないのだろうか?
せっかく集めた資金をほとんどを貯金したまま放置することを、株主が簡単に許してくれるとも思えず、だとすれば何のための上場なのだろうか?

このように上場するメリットを上回りそうなデメリットがあり、企業存続のリスクが高まるにもかかわらず、上場の道へと「すすまざるをえない」ケースを多く見受けるにつけて、経営者は腹の底から笑えるどころか、余程無責任な経営者でない限りは、今後のことを考えると不安で眠れない日が続くのではなかろうかと思ってしまう。

なぜこのようなことになるのかといえば、最初にビジネスモデルを考えた時に、ゆくゆくは例えばトヨタ自動車クラスになれるとの将来像を全く描けていなかったのであろうという出発点に問題があると私は考える。

企業が発展しても一般的中小企業レベルの売上しか想定できない企業が、上場という「不自然なこと」を考えるべきではないのだ。
いや考えることは自由だけど、そうなった先に明るい企業の未来があろうはずがない。
上場することで世間の視線をずらし、せいぜいのところ、手に入れた資金でかりそめの延命措置を講ずることができないだろうかと思案するくらいであろう。
こんなことを書くと、おまえのいる会社もその類じゃないのかという人達がいるかもしれない。

よく誤解されやすいのだけど、当社はいわゆるIT系企業とは趣きが違い、世界展開も将来像として描くことができるし、 そもそもいわゆるIT系というよりも放送局であり、新しいメディアを創造していく企業であり、メディアのあり方を変えていくことで社会に貢献しよう、大袈裟にいうと企業活動を通じて世直ししようと本気で考えているのである。
だから、似ているようでいて根本的に質の異なるものなのだ。

まあ当社のことを書くと無責任にはなれないのでこれ以上は書かないが(^^;、私がこんなことを言ってみても、「別にそれでいいじゃん。経営者はお金持ちになれるだろうから、そのお金でまた次のビジネスを展開することもできるのだろうし。」なんていう人がいたりする。

そんなヤツの発言に「カネさえ儲かったらそれでええんかい!私は思想的に納得いかんねん!」って反発してしまう、いつまでたっても青臭い私なのであった。

2006/09/15 金曜日

15年ぶりの渋谷駅前

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 00:47:30

渋谷駅前にバブル時代の頃の印象しか持っていない地方出身者にとっては、高層ビルのそびえ立つ光景も新鮮に映る。

某○MOグループ企業との打ち合わせを終えて。

渋谷2

渋谷1

2006/09/12 火曜日

経営理念

Filed under: 経営戦略 — 咲本 @ 12:55:43

勤務2日目。
当社の経営理念です。

フロントメディア経営理念

ベンチャー出社初日

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 00:52:02

みなさんとても心やさしい人達ばかりなので、どんな会社なのか何もわからないまま出社した新入りとしてはホッとした。

それにしても、この会社にイッシー(昨年大学院で教えた社会人学生さん) が入社しているとは驚いた。
私は夜10時20分になって席を後にしてしまったが、さすがにベンチャーというべきか、社長を筆頭に過半数のスタッフさんが帰りそうな気配全くなし。

私はしばらくの宿にするウィークリーマンションに向かい(会社から徒歩圏内) 、フロント受付が終了していたので宿直者を呼んで手続きを済ませ、今やっと少しだけほっこりとしたところ。

昨日はほとんど睡眠をとっていなかったので、 今夜はさっさと寝て、疲れを癒そう。

2006/09/10 日曜日

本日夕方東京入り

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 20:24:17

本日夕方に東京入りして、日本橋のホテルから書いている。
明日、初出社である。

これからしばらくの間は、このブログ更新が不定期となる可能性大。

2006/09/09 土曜日

東京生活の準備

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 04:17:29

ウィークリーマンションの予約をひとまず1ヶ月分入れる。
1ヶ月後くらいには、どこか賃貸マンションに移ろう。
東京生活をスタートさせるにあたって、宅配便で送る荷物をまとめる。
といってもは、本、CD、衣類、その他合わせてたった5箱。
それ以外には若干の手荷物くらいなもので、もう少し多いかと思ったが、ほんまに少ない。

元々、あまりモノに執着心がなく身軽なので、こんな時はラクチン(^^;

2006/09/08 金曜日

「学生アントレプレナー大賞」ブラッシュアップ講座で講演します

Filed under: お知らせ — 咲本 @ 07:02:01

京都の学生の起業意識を刺激していこうということで、京都市と京都市関連支援機関とが年に一度、京都・アントレプレナー大賞なる表彰を行っている。

この施策に関連して、学生の起業ブラッシュアップ講座が9月から月一度、計3回開催される。

学生さんやその年齢付近の方で、就職ではなく起業という道を考えたい人がいらっしゃったら、無料なので是非是非参加していただきたい。

私も11月の最終回で講演させていただくことになっていて、多くの学生さん達と語り合えることを楽しみにしている。

詳細・参加申込は下記のとおり。

京都・学生アントレプレナー大賞
(平成18年度京都市地域プラットフォーム事業)

趣 旨:
京都商工会議所と京都市はこれまで、学生ベンチャーの創出、起業意識を芽生えさせる場を提供すべくビジネスプランコンテストへのエントリー促進、各大学様への出張相談会の実施、京都学生祭典への協賛などの活動を行ってきた。
これらの実績を踏まえ、平成18年度は新たに「京都・学生アントレプレナー大賞」を開催する。同時にプラン作成の指導、ブラッシュアップのための講座を開催、全体のボトムアップを図る。
最終的には3チームを選出、表彰するとともにプラン実現に向けて継続的に支援する。
◇名  称 「京都・学生アントレプレナー大賞」
◇開催期間 平成18年7月~平成19年1月
◇主  催 京都商工会議所・京都市・(財)京都高度技術研究所
◇後  援 (社)関西ニュービジネス協議会・(財)大学コンソーシアム京都

全体スケジュール:
(1) 7月 オープニング講座
(2) 9月 ブラッシュアップ講座1(講義)
(3) 10月 ブラッシュアップ講座2(講義)
(4) 11月 ブラッシュアップ講座3(講義)
(5) 12月1日-20日 応募期間
(6) 12月 書類審査会
(7) 1月 最終選考会・表彰式

ブラッシュアップ講座スケジュール

9月
日 時:平成18年9月22日(金) 18:00~21:00
会 場:京都商工会議所 3F 役員室
内 容:『やりたい事をカタチに落とす大切さとその実際』
起業の道を選択するって一体!?
講 師:有限会社ポンタオフィス 代表取締役 本田 勝裕 氏
株式会社Natural Wave  大阪支社長 木村 智嗣 氏
定 員:30名
参加費:無 料(但し、交流会ご参加の方はお1人様1000円頂戴します)
お申込方法:当会議所ホームページ http://www.kyo.or.jp/kyoto/ より

10月
日 時:平成18年10月17日(火) 18:30~21:00
会 場:京都商工会議所 3F 役員室
内 容:『物事の意義とビジネスプランを書くにあたり』
生き方をダブル櫻井氏と語る!
講 師:ソ-シャルデザイニング研究所 櫻井 照士 氏
G&W株式会社 代表取締役 櫻井 慎也 氏
京都商工会議所中小企業経営相談センター所長 坂口 俊一 氏
定 員:30名
参加費:無 料
お申込方法:当会議所ホームページ http://www.kyo.or.jp/kyoto/ より

11月
日 時:平成18年11月17日(金) 18:30~21:00
会 場:京都商工会議所 地下1F セミナールーム
内 容:『ビジネスプランから実現へ、現実を知る』
プランをプロのコンサルが斬る!
講 師:時計台ネット 代 表 咲本 勝巳 氏
株式会社テコ 取締役 塩谷  愛 氏
定 員:30名
参加費:無 料
お申込方法:当会議所ホームページ http://www.kyo.or.jp/kyoto/ より

2006/09/07 木曜日

11日から東京で仕事をスタートします

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 21:02:40

なんとなくブログにはそれらしいことは書いたには違いないが、一部の人達には私の動向がかなり詳しいところまでバレている模様(汗)

11日から東京のケータイ系というかIT系というか、まあ大括りにして放送系ベンチャーのお手伝いを始めることになった。
ちょこっとお手伝いというより、東京に住んで、どっぷりお手伝い。

人のご縁というのは不思議なもので、 激しくお誘いいただいたのが某金融系というかフィクサーみたいな方で、何かとお世話になってきている方。
メールもされない方なので、まさかIT絡みのベンチャーのお話を私に打診してこられるとは思いもよらなかった。

この方はいつも頭脳が冴えわたっていて、お話させてもらっていていつも本当に勉強になるのだが、なかなか辛口で厳しい方であるはずなのに、いつになく興奮した語り口で私に手伝ってほしいことを打診してこられたのであった。

そのことだけでもただごとではないと思ったのであったが、実際にこのベンチャーの社長とお会いしてお話を伺ってみると、ビジネスモデルが無限大に急成長していくことを描いていけるという意味ではまことにベンチャーらしく、しかもかなりのところまでポイントとなりそうなところをすでに押さえられており、社長が切れ味の鋭い頭脳をお持ちなことがよくわかったので、とても面白そうでもあり、お断りする理由も見当たらなかったので、いちいち検討するまでもなく即決で全面的にお手伝いすることに決めた。

当分の間は、このベンチャーでの仕事にかなりの時間を割くことになりそうなので、新規のお仕事については完全にストップして、現在お取引させていただいている関西の仕事も引き続き行いながら、ギリギリ目一杯のところでこなせていけたらと考えている。

こんな状態にあるので、来週からのテーマは、いかにヒマそうに見えるかということとする(^^;
忙しそうに見えるのはよくないし、そもそも「忙しい」なんて言っているヤツのことはあまり信用できない。

東京に行って当分の間はウィークリーマンションにしておき、そのうちどこかマンションに移るようにしよう。
京都の住みかは、親がいるのでそのままおいておき、関西に来る時にそのまま寝ぐらとして使う。

東京のお知り合いにはまだほとんど連絡できてない状態だけど、もしこのブログをご覧になっていたら、ひとつよろしくお願いいたします。

会社はフロントメディアというところです。

なめるのもいい加減にしなさいよ、京都市交響楽団

Filed under: (主にクラシック)音楽 — 咲本 @ 00:34:45

やはりライブ演奏は有無を言わせない魅力がある。
本日は京都市交響楽団のコンサートに行ってきた。

京響コンサート

前から4列目のほぼ中央という、なかなか良いシートが確保できていた。
演目はレスピーギのローマ3部作。

指揮者は常任指揮者の大友氏だったので、それほど大きな期待もせず楽な気持ちで聴きにきた。

実は京響がレスピーギ3部作を演奏するのは中学生くらいの頃に一度聴いたことがある。
だから、今回のコンサートでどの程度レベルが上がったのか、私としては具体的に把握できるということになる。

で、結果は大きくレベルが上がっていることは間違いがないことを実感できた。

予想通りの仕掛けとしては、「ローマの祭」ではトランペット部隊を舞台側のハイバック席のさらに上のスペース、つまりはそびえ立つパイプオルガンの向かって左側のボックスに配置したり、「ローマの松」では金管楽器部隊を一階席の一番奥から演奏させたりということが行われた。
このサラウンド効果のあることは是非ともやってもらわなければいけなかったが、きっちりなされたことには納得。

しかし、しかし、いかん。
クラリネットとイングリッシュホーンが肝心なソロでミスするわ、トランペットのソロは一見きれいに演奏されてはいたが、よく聴くと少し音程がおかしいわ、(もちろん)ホルンは何度もミスがあるわ。
たまたまミスしたというには多すぎるのであって、このような集中力で演奏しているから、全体的にも変なサウンドではないが、決して澄み切ったサウンドにはならない。

しかも大友氏はおそらく叙情的な旋律を歌わせることには興味があるようにお見受けしたが、そのケースに応じて曲を一から組み立てていって構築するという能力を持ちあわせていらっしゃらない模様なので、譜面どおり演奏していて特に問題らしきものはないにしても、個々のパートの演奏が浮き彫りになったり曲の構造がわかったりするようなこともなく、なんとなくボヤッとしたまま演奏が流れていってしまう。

アンコール曲としてプッチーニの歌劇「マノン・レスコー」の間奏曲が演奏されたが、そんなに気合いを入れてメロディに陶酔した感じの指揮をしなくてもいいんちゃうん、と思ってしまった。
いくら様になる激しい指揮の練習を鏡の前で行っても、演奏のクオリティが上がるわけでもないのに、なんでそんなに必死になってポーズつけてるの(^^;
演奏レベルが上がるのは、練習時に楽団員に問題点を指摘し、何度も何度も完璧になるまでやらせ、鍛えていくことしかなく、指揮の身振りの激しさなんて三文の値打ちもないのだ。

ローマ3部作の盛りあがるところではリズム感のない素人向けのような指揮であり、ワンパターンなクレッシェンドの指示しかできないその淡泊さゆえに、響きを構造化させようなんてことは全く考えてなさそうに見えるのとはえらい違いだ。

大友氏は明らかかつ残念なことに、下記の文言のあてはまる典型的指揮者にしか見えない。

チェリビダッケが同僚の指揮者やソリストたちを批判するのは、彼の目から見ると、彼らが音楽演奏に関するこうした現象学的な条件を十分に意識せず、またはまったく無視してしまっているように見えるからである。残念ながらこの観察は、多くの場合まさに的を射ている。音楽そのものよりも、むしろみずからの意識的・無意識的な自己演出に精力を傾けている演奏家がなんと多いことだろうか。『評伝 チェリビダッケ』p.266

演奏の出来がどのようであっても惜しみない拍手を続けるというところが、いかにも日本人的であって、それはある意味よいことなのかもしれないが、京都市の税金で成り立っている指揮者とオーケストラなわけなのだから、聴きにきている大多数を占めるであろう京都市民は、今回のような注意力散漫なところを見せた演奏の場合には、露骨にブーイングなり拍手をしないなり、そういった態度にあらわすことで、楽団関係者にこのままではダメだという危機感を持たせないといけないと思う。

なんだか、とっても辛口のことばかり書いてしまっているようだが、指揮者は演目にするものは全て暗譜で指揮できるくらい徹底的に曲を把握しきってしまうことを常任指揮者の条件にしてしまい、練習(プローベ)を2倍以上していって楽団員の緻密なアンサンブル力向上に力を注いでいけば、まだまだレベルの高い演奏ができるものだと思うからこそ辛口にならざるをえないのだ。

組織的取り組みであるがゆえに、二流と一流の差の大半のところは、組織として特別な努力をするわけでもなく、よくある平凡なオーケストラと同じようにしていればよいと思っているのか、それとも他の何倍もの練習をして日々磨いていっているかで、かなりのところが決まってくる。
京都市民の聴衆が会場で拍手をしないという方法が最もよく効くとは思うが、 ブログで構わないのでみんな辛口意見をどんどん書いて、少しは緊張感をもってもらうようにしてはどうか。

こんなことを書くと、「まあまあ、そんなに熱くならなくても、イロイロ制約もあるようですし、それなりには頑張っているのと違いますのん」なんて意見が聞こえてきそう。

指揮者チェリビダッケの場合には、晩年をともにしたミュンヘン・フィルのごく一部の楽団員や楽団事務局の責任者などと何度も衝突があった。
チェリは正論を曲げて妥協することがほとんどなかったからである。
口が悪いほうだったのかもしれないが、遠慮なくズバっと斬り込まれるので、素直さと向上心に欠ける楽団員や聴衆側に目がいかない官僚的な関係者の一部には、鬱陶しく思われることがあったのだろう。
では「まあまあこの辺で」とチェリが妥協すればよかったのかというと、それによって演奏の質が落ちることなんてチェリには考えられなかったのである。
一方のお客であるミュンヘン市民の聴衆からは、もの凄い演奏が聴け、世界に誇れる楽団に育ててくれたということで大絶賛されたのであった。

諍いを避けようと質の低下に繋がりかねないことにも安易に妥協する人が、お客様から絶賛されることは決してないのだ。
チェリは一見こわそうにも見えかねないが、実は多くの楽団員とは友人関係を築いており、楽団員のみならず守衛や譜面係の人に至るまで全ての人達の名前を覚えていて、お互い「おまえ」で呼び合う関係であったのだ。
しかるがゆえに、人間関係で楽団員と一定の距離を取り、楽団員を一つのモノとしか扱わない指揮者とくらべると衝突も起こりやすかったともいえる。
あ〜、それにしてもクラシックのライブをチケット入手済みのものだけで、あと3回分もある。(内、3回分とも海外からの来日公演で高価なチケット)
来週から東京生活が始まり出すと、時間が確保できず、全てのチケットがパーになってしまうんだろうな。
まあ致し方がない←ここは妥協(^^;

2006/09/06 水曜日

巨匠とよばれる道へとすすんでいくには?

Filed under: 経営戦略 — 咲本 @ 03:00:19

昨日9月4日はブルックナーの誕生日、今年で没後110年となる。
私はちょうど出張中だったので、本日改めてブルックナー未完の最後の交響曲第9番を聴いた。

9番だけでも何枚も持っているが、まだ聴いていなかったスクロヴァチェフスキ指揮のブルックナー全集から引っぱりだした。

ブルックナー:交響曲第9番 スクロヴァチェフスキ ザールブリュッケン放送交響楽団 ブルックナー:交響曲第9番 スクロヴァチェフスキ ザールブリュッケン放送交響楽団

演奏には大して期待してはいなかったのだが、ちょっと聴いてその演奏のクオリティの高さに唖然とした。
演奏しているザールブリュッケン放送響なんて名前も、今まで聞いたこともなかったのに、超一流オーケストラと言ってもよいほどレベルが高い。
いや〜、こんなこともあるんだ。
スクロヴァチェフスキ(名前が長いので通称・ミスターSと呼ばれている)は、クラシックマニアではない私はその存在をずっと知らずにいたのであったが、 そんな私が知り、そして全集を買ってみるくらいに近年になってメジャーになってきた指揮者。

どうやらクラシック音楽におけるメディア系の方々が、存命の巨匠と呼ばれる存在がいなくなりつつある状況にあって、無理矢理担ぎ出しているフシがあるので、演奏を聴くまではあまり評判の良さを信じられなかったのであった。

まだ存命で現役バリバリとはいえ、既に83歳。
この全集も90年代にはいって10年がかりでやっと録音されたもの。

指揮者の世界はつくづく奥が深いなあと思う。
というのも、70歳代に入ってから以降になって、ドンドンと細部への配慮において研ぎ澄まされ、全体の構築性においても勢いで誤魔化したりせずに、絶妙のバランス感覚をもって理屈の合う演奏が繰り広げられるようになり、結果的に大きな感動をもたらしてくれるごく一部の指揮者が世間からは巨匠と呼ばれる。

つまり、70歳にしてますます進化するというか、いくら壮年期に大活躍した有名指揮者であっても、必ずしもそこに到達できるというわけではない領域とでも言うべきものが存在するのだ。

これは一体なんなのだろうと思ってしまう。
いくら若くして天才的であってもそれだけではダメで、ずっと最後まで円熟していった一部の人間だけが到達できる世界。

巨匠達が、まだそのように呼ばれる前がどうだったかというと、例えば、チェリビダッケ、ヴァント、そしてミスターSの3人に共通するのは、若い頃から一部で実力は高く評価されながらも、 次々とレコーディングするわけでもなく知名度はそれほどなかった。
チェリに至っては死ぬまでレコーディングを拒否し続けたくらいのもの。
あとの2人は晩年になって一気に評価が上がり、CDが急に増えてくる。

それと、3人とも長年指揮してきたオーケストラを、二流の存在から文句なく一流と呼ばれるオーケストラへと育て上げている。

一方で、現役指揮者で世界的に有名なアバド、ヤンソンス、ラトル、メータらといえば、まだ巨匠とよばれるわけでもなく、演奏自体もなかなかの好演がありながらも、悪く言えば曲のクライマックスを派手な表現で誤魔化しているとしか聴こえない場合もあるし、大体、二流を一流のオーケストラへと育てた実績もない。

わざわざ「時間をかけて育てる」という地味な活動に時間を割くよりも、一流プレイヤーだけを相手にして、見た目華やかな演奏をしていたほうが、マスコミとその一味に成り下がっている音楽評論家には大いに受け、商売としてもおいしいということなのだろう。

巨匠的存在になろうがなるまいが、若くして世界的にメジャーとなり、さっさと銭儲けしたヤツが偉いのであって、二流のオーケストラを育てるなんて二流のヤツがやればいいこと。
私のような一流指揮者は一流相手に手っ取り早くCDとコンサートを大量にこなしていけばよいのだと言わんばかり。

果たして彼らは巨匠になるのだろうか?
そう呼ばれるような成長が晩年になってあるのだろうか?

感動的な名演奏となるには細部が大事で、そこを緻密にしていくには、徹底して練習に時間を割いていくことが求められざるを得ず、いくら世界最高峰のオーケストラを指揮しようとも、いや、それだからこそコストパフォーマンスの悪くなる練習には時間を割けない状態のままで、必ずしも名演と呼ばれるものとなるかどうかは、かなりあやしい。

独り言だけど、どこかのITベンチャーのように派手派手に上場した結果、財テクなどの本筋の事業以外にしか使えないお金まで市場から集めてしまったCEOの晩年って、果たして巨匠とでもいえるような経営者となっているのだろうか?
中には、あろうことか、大金をせしめることで早いうちから隠居生活に入りたいCEOもいるようだが。

上場するにも、どんな組織に育て上げるのか、上場した資金を元手にしても、本筋のビジネスをすすめていくのには、それでも全然足りないくらいの大きな未来に向かってずっと進んでいきたいという人であって、初めて巨匠への道へと進めるスタート地点に立てるのだと思うんだけどなあ。

追記
田坂広志氏の本から得た教訓
仕事の報酬はカネではなく、人間としての成長である

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