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月別アーカイブ: 3月 2006
ヒトはなぜその商品を選ぶのか?-脳とクオリアから解き明かす
著者の方から直メールをいただいた。 平林 千春 『ヒトはなぜその商品を選ぶのか?-脳とクオリアから解き明かす 』 きっかけは、およそ2年ほど前(2004年5月)に発売された本書について、2004年9月に私がメルマガ用の書評コラムで取り上げたのをご覧になってのことであった。 当時は2週間に一度のペースでSOHO事業者向けの書評コラムを書いていた時期。 SOHOであるかどうかにかかわらず、マーケティングについての書籍ははずせないと思っていて、それこそコトラーの分厚い本でも俎上に乗せようかと考えたこともあったが、そんなことを思っている時に何気なく出会った書であった。 本の外観をパッと見ただけでは、ノウハウ本のような軽さを感じてしまう。 が、そこは日本実業出版社という実務系実用系書籍の出版社から出ているために致し方ない。 そんな印象を持って購入した方は面食らうことになる(^^; どういった点に感心して書評でご紹介しようとしたのかについては、当時のコラムを読んでいただいたほうが早いが、 最も驚いたのは、現在テレビでもお馴染みの茂木健一郎氏のクオリア論と佐々木正人氏が日本で展開するようになって一躍脚光を浴びているアフォーダンス論とを、サイエンスとしてのマーケティングに持ち込もうとしたところ。 私自身もクオリア論とアフォーダンス論には並々ならぬ関心を持ち続けていただけに、本書を読んで「あっ、やられた〜!」との感を持ったのと同時に、同じような方向からマーケティングを模索しようと考える方もいるもんだなあと、親近感を抱いたことを思い出す。 いただいたメールによると、現在はフリーのマーケターをされながら、東北芸術工科大学デザイン工学部未来デザイン学系で教授をされている。 大学でも「より本質的見方ができるプランナーやデザイナーを育てようと思っています。クオリアの探求はここでも重要なテーマになっています」とのこと。 「今後クオリアから見た時代や市場の分析は不可欠と思っています。 ただ著書は50冊を超えたのですがなかなか思うような本が出せずいらいらしているところです。 前出の著書も不満は残るのですが、それでもあなたのような方のお目に留まり、出してよかったと思います。 最近は企業ものしか出せなくなったのですが、現在『クオリア工学』をテーマに出版を計画中です。」 私が「私の本棚」:認知論というコンテンツでのオススメ書籍に茂木健一郎氏のクオリア論と佐々木正人氏のアフォーダンス論とをピックアップしているのは、実は平林氏の言われるようにマーケターとしてより本質的な見方ができる視点を得るためのヒントとなりそうだからであった。 今後の平林氏の出版から勉強させていただけることは多いだろうし、たいへん期待してしまう。 見習うべき先輩として今後ともお付き合いできれば嬉しい。
神戸からトンデモ話を深夜持ち帰る
さきほど神戸から京都の自宅に戻り、メールチェック、残務整理を行って、現在午前3時9分。 京都ではちょっと味わえないであろうおいしい鮨を堪能、その後、ノンアルコールでスナック、クラブとハシゴして阪急電車の最終に間に合うように帰る。 全て某方にご馳走になったのだが、単に遊びに行ったわけではなく、今後の仕事についてのとっても重要な話をしていたわけ。 で、イロイロ考えてみると、その話がたいへんワクワクすることであって、それなりに全力で時間をかけたいので、ご新規さんのお仕事をお請けできるかどうか微妙になるかも。 私は今まで一匹狼で動くコンサルをやってきているわけで、現状の事業のままだととてもではないが組織化できないものであることもわかっていて、その代わりに組織でないがゆえに、カネだけが目当てで仕事を請けたことは一度もなく、お仕事をお断りすることもしばしばあった。 お金持ちになりたかったら、もう少し違った事業によって組織化しようとしていただろうし、今後突然そうするかもしれない。 でも、今までは困らない程度に喰えたらそれでよいとの基本姿勢をもって、そのかわりに好き勝手に仕事をやらせてもらってきた。 カネだけで簡単に釣られたりしないので、そのことが結果的に一匹狼であるがゆえの「吹けば飛ぶ」ような立場であるとの弱点防御ともなっていた。 面白そうだったらほとんど儲からなくても引き請けることも多かったし、逆に面白くなさそうだったり、相手方との相性が全然合いそうになければ、ばっさりお断りしてきた。 でも本日の話は面白そうだし、おカネまわりのことも普通ではありえないところにまで配慮いただく内容であった。 内容についてはここでは書くわけにはいかないが、この某方だからこそありうるトンデモ話であって、全面的に協力させていただくとキッパリ申し出た。 ただ者ではないことはしゃべらなくてもわかっていたので、あらかじめ決断したうえで出向いてよかった(^^;
本日書こうと思っていた記事は夜中に
書こうと思っていた記事は後回しにして夜中に書こう。 今から神戸方面に出掛け、とある方の会社訪問、夜はご一緒にお食事。 本日中に帰ることができるかなあ(^^;
貨幣論-今村仁司,岩井克人,ボードリヤール
以前の日記で内田樹の浅薄な話を今村理論をふまえて指摘したが、よく似た?ところでは貨幣論についてもいえるかもしれない。 「似た?」というのは、例えばジャック・デリダ風にすべては「差異のたわむれ」なんていいながらも、現代社会を相対化できないズブズブの眼差しで軽薄に語っていそうな学者が標題中に混じっているのかも?ということ。 相対化できないズブズブの眼差しとは、アルカイックな社会では普遍的であった認識を、たかだか100年そこらしか経っていない近代的な認識に毒された我々の認識からは想像しにくかったり、普段使用する言葉の概念としっくりこないという理由によって、毒されたまんまの常識的感覚から認識していく眼差しを指している。 簡単にいうと、交易は物々交換から始まったとの誤った認識や、「経済は、同時に一挙に、政治的であり、法/権利的であり、宗教的儀式的であり、感情的審美的」でもある社会の様相というのが理解できないということ。 標題の中では誰が浅薄な話となりそうか? まだ読んでいないので何ともいえないが、コテコテに毒された議論をしていそうなのが、おそらく岩井克人。 『貨幣論』 一方、『交易する人間』を読んで再評価してしまった今村氏はどんな理論展開をするのだろうか? 『貨幣とは何だろうか』 それに加えて、今村氏も過去に翻訳したであろうボードリヤールの新刊での議論を交えるとどんなことになるだろうか? 『不可能な交換』 近未来的なところに話が及び一見軽そうなボードリヤールと今村氏との理論の関係性。 一方で根本的にうわすべっていそうな岩井氏。。。 なぜ岩井氏をそのように予想してしまうのかというと、20年近く前に読んだ『ヴェニスの商人の資本論』 岩井氏は東大経済学部教授という秀才であるとはいえ、結局のところマルクスの読み込みをベースにするところから脱してはいないのではなかろうか、それが岩井理論の限界ではなかろうかと予想する。 マルクスの価値形態論に注目して、それをマルクスにおける唯一の「可能性の中心」だとしたのは柄谷行人である。 岩井氏は柄谷行人『マルクスその可能性の中心』が出て以来、その論考の鋭さからマルクスを取り扱う際にはおそらく重要文献として参照せざるを得ないだろうが、やらなくてもよい苦労ばかりを重ねて理屈をこね続けなければならず、そのくせ「経済は、同時に一挙に、政治的であり、法/権利的であり、宗教的儀式的であり、感情的審美的」でもある社会の様相までは説明しきれないところで踏みとどまってしまうことにはならないか? ここがいわゆる秀才の限界なのかもしれない。 なぜなら、いまさらマルクスなんてベースにしなくてもよいのにまるでマルクスを研究することこそ「経済理論学者」であると言いたげに理論的支柱にしようとする。 本当ならマルクスなんておかまいなしに、例えば今村氏のようにマルセル・モースやジョルジュ・バタイユの扱う非市場社会論にまで遡及したところから論ずればよいのに、そうしたくないのか、理屈をこねるわりには結論的には浅薄なところで終わってしまうということになるのであった。 『ヴェニスの商人の資本論』とは、マルクスのテクスト読解だけでなく、柄谷行人のような文芸批評家も参考にしてヴィトゲンシュタインや記号論なんていう分野も参考にしていますよとポーズを付けたことを示した書名である。 あくまでも『貨幣論』についてはまだ読みもしていないので何ともいえないが、私の予感が的中せずに理論的深化のある書であるこに少しだけ期待したい。 それにしても、どんどん本業と離れていきそうな読書の関心事となっていきそうなのが我ながら怖い(^^;
涙がとまらない
言うのは恥ずかしいが、久しぶりにいつまでも涙がとまらなくなってしまった。 ブラームス:交響曲全集 シュトゥットガルト放送交響楽団 チェリビダッケ(セルジウ)指揮 本日、チェリビダッケ指揮のブラームス交響曲の全集がAmazonから届き、早く聴きたくて仕事そっちのけで聴き入ってしまった。 チェリビダッケの演奏は、私が中学生の頃ロンドン交響楽団との来日公演を聴きに行ったのが初体験であった。 その時の曲目のひとつがブラームスの交響曲第1番。 当時、筆舌に尽くしがたい衝撃と感動に襲われた記憶が未だに残っている。 今は亡きこの孤高の天才ともいうべきチェリのどこに心が揺さぶられるのか? 少年の私にはまだまだわからなかったが、今になってみるとなんとなくわかるような気がする。 そのひとつに、「ひとつひとつの音が生きている」こと。 この場合の生きているというのは、例えば目一杯のフォルテシモで「ジャン!」と音を出したとすれば、それは音符どおりに音を鳴らしたことになってはいても、音を響かせてはいないし音に魂が宿ってはいない。 つまりは、ひとつひとつの音には始まりがあり終わりがある。 その音のはじまり方、音の延び方、音の終わり方、これら全てにまるで生物の誕生から死滅までの美しさとでもいうようなものが備わっているのである。 単に「ジャン!」と鳴らせてしまうだけの音には命がないとでもいえばよいのだろうか。 チェリの演奏には音ひとつひとつに命があるかのように私には聞こえる。 この音ひとつひとつは単独で響いていることもあるだろうが、大抵の場合には複数の音で奏でられることになる。 二つの音が響き合うところに俗に言う「ハモる」ということが起こる。 音の組合せによって、しっかりハモったり、あまりハモらなかったり、反発しあったりする。 チェリの場合、複数の音同士のハモったサウンドをしっかり味わえるようにするためなのか、よくあるテンポと比べると、明らかにゆっくりとした箇所が見受けられる。 これがまたたまらなく気持ちがよい。 しっかりサウンドを味わえて、しかもそのテンポの遅さを不自然には感じさせない。 チェリの音楽は、他に好きな指揮者も存在するにはするが、私の中では特別な存在。 録音を極端に嫌ったこの天才の演奏を、今こうやってCDで聴けるというのは本当にありがたい。 それにしても、昼間からCDを聴きながら涙をボロボロ流しているなんて、とても贅沢なことをしているのかもしれない。
カテゴリー: (主にクラシック)音楽
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「道の駅」の顔出し証明書
本日はとある会社にお願いして某地方でお仕事。 ある「道の駅」に行くと、地元の野菜が販売されていた。 ちょっとしたスーパー並に商品が揃っていて、店舗内には各種加工品・名産品も販売されている。 ↑↓ 生産農家さんの顔出しオンパレード!さすがにここまでの公開はスーパーでは見かけないぞ。 「道の駅」というとドライバーや観光バスの立ち寄る休憩所の印象を持っていたが、意外と地元買い物客が集まっていた。 農産物への農薬散布物・その量などのデータ表示もさることながら、地元同士の売買であれば、このように顔出しすることのほうが、生産者が自信をもってお薦めできる良質・安全な生産物であるということを、何よりも証明することになるのだろう。
愛と感動のレストラン「カシータ」
お世話になっている京仏具の小堀専務さまから、ありがたいことに高価なDVDを貸していただいた。 『90分間ビジョナリストの教え 〜あなたの夢をかなえる魔法の時間〜 あなたにできないことはない! 〜伝説を生み出す 「愛と感動のレストラン」を創った男の成功哲学〜』 ゲスト講師:高橋滋[レストラン「カシータ」オーナー] カシータのホームページ このDVD撮影当時は六本木ヒルズ近くのレストランで、現在は青学向かい側あたりに敷地面積を大きくして移転されたようで、先日の東京行きの際に訪れてみたかったけれど、実現できずに残念な気持ちでいっぱいであったお店のオーナーのインタビューである。 ホームページでコースメニューを見ても8000円〜12,000円と決して高いとはいえない価格体系であるにもかかわらず、130坪もあるお店が連日予約でいっぱいであるとのこと。 ただ単に満員であるということだけであるなら、東京のレストランの中にはたくさんある。 注目すべきはお客さまの中に感動のあまり涙を流される方が毎日のようにいらっしゃるということ。 一流料亭や高級ホテルでも普通は得られない、そのようなサービスを提供することのできるレストランに育て上げていくことのできたいくつものヒントが語られているのだが、箇条書きで列挙するのはDVD発売元からクレームがくるといやなのでやめておこう(^^; ひとつだけ書いておくと、高橋オーナーが世界でも超一流といわれるサービスを客としてたっぷりと受けてきた経験が活かされていること。 話をお聴きしていると、普通の人からするととても贅沢だと思われるくらいのサービスを経験し続けてこられたことがあってこそ、顧客の心に響くサービスを実践できるお店へと育てていくためのリーダーシップが執っていけたのだと思う。 それと(あっ、二つ目か?) 、飲食店ではなくサービス業をやっているんだとの明確な意識があるというところ。 超一流といわれるところは、味の良さ(というのは主観的なものであって100%はありえない) や、建物・インテリアの豪華さ、はたまたお店の伝統と格式といわれるものに頼っていて、本当にほっこりとくつろげて、かゆいところに手の届くおもてなしを受けることがないと高橋氏はいう。 一流以外であれば、手抜き・スキだらけのサービスという違った意味でのくつろいだ感じ(くたびれ感?)があるか、オーナー自体のレベルの低さも顧みることなく、一流店ではないがゆえに一流の人材が集まらないという、全く言い訳にならないことを理由に人を育て導いていくことをしていないオーナーばかりなのが現状なのだろう。 高橋氏は主にレストランについて語っているのだが、「飲食業ではなくサービス業である」との考え方は、ほかの業種にも言えることであって、例えばであるが、タタミ屋さんが「タタミ製造業ではなくサービス業である」と捉え直し、一流のサービスをお客様に提供するにはと発想し始めると、いわゆるタタミ屋さんの事業コンセプトそのものも大きく変わることであろう。 でもこれは「要は客の喜ぶ手厚いサービスをすればよいのでしょ」と、コンサルタントが理屈で理解してクライアントに指導するといったことが簡単にできるものでもなく、高品質なサービスを数多く体験してきたところがないと絶対に無理だろうな。 体験がものをいってくるという高橋氏の考えには賛同できるし、私自身も全く不十分ながら日々心がけているところでもある。 ここはとても重要なところで、世のコンサルタントの多くが知識を詰め込んで何とかしようと思っても、日々の良質な体験を重ねることをおろそかにしていると、ロクなコンサルにはならないのではと思ってしまうところ。 20代のコンサルって、大手コンサルティングファームにいっぱい見かけるが、彼らの少ない経験だけでお仕事は大丈夫なんだろうか? って他人のことを心配する余裕なんてないけど(^^; てなことで、高橋氏の説を料亭やら割烹でおいしいものをいただいたり、一流の音楽を聴いたり、ちょっとオシャレなホテルに泊まったり、ビジネス書以外での良質な読書体験をしたり‥‥、という生活を続けるための言い訳にしておこうっと(^^; ちなみに、↓も近々読んでおこうと思う。 『 I am a man.―チームワークと顧客第一主義がポイント!奇跡のレストラン「カシータ」の作り方』
ここ一週間の活動写真集を一挙掲載!
Buzznetにここ一週間の活動ピックアップ写真集をアップ。 掲載写真数はあっという間に100点を突破! 高台寺ライトアップ 京都の金属工芸展 六本木でのITベンチャーフォーラム ロイヤルパーク汐留タワー 秋葉原新拠点 昨日は22:00すぎに帰宅したが、東京からのWEBプロダクションを経営する客人を祗園にご招待する約束になっていたので、久しぶりに某3人でクラブ「宮由紀」へ。 その後Barもハシゴしたので最終帰宅は3時半ごろ。 もともと、某シリコンバレーで仕事をされている方のセミナーに参加するつもりだったが、時間が間に合わずに不参加。 その流れでセミナー参加の方々がシリコンバレーの知らないおじさんを交えてどこかで呑まれているだろうなと思いつつも、宮由紀というシチュエーションで久しぶりの某客人と濃いお話ができたこの時間のほうが、よっぽど面白いなと思ったのであった。
久しぶりに東京泊
経済産業省と総務省とが珍しく手を組んで行われたイベント、首都圏情報ベンチャーフォーラム「ITビジネス最前線」に参加すべく六本木ヒルズの森タワー40F「アカデミーヒルズ」に赴いた。 300名収容の会場ぎっしりで大盛況だった。 元々このイベントをご紹介いただき、セミナー第1部のモデレーターもされ、関東のネットベンチャー事情通でもある三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)の渡辺さんとも無事再会できた。 渡辺さんのご紹介でたいへん魅力的な事業を展開されていらっしゃる方々ともお会いさせていただくことができ、一部関西で展開できそうな事業が発生するかもしれないところにまで一気に話が発展した。 多少疲労が溜まっていたので、出発時ののぞみはグリーン車でのんびりすることに。 ホテルは目新しいホテルに泊まりたいとの気分からロイヤルパーク汐留タワーに。 汐留再開発地区の日テレのすぐ横のビル高層階がホテルの場所。 窓からは浜離宮や東京タワーが見える。 コンラッド東京が建設され、若干景色を遮ってしまうところが玉に瑕だが。。。 このホテル客室にはパソコンが常備されており、通常のルームサービス以外にも近くのコンビニからのデリバリーにも対応している。 30分以内に配達料210円プラスホテルのサービス料でコンビニ主要商品をネットで注文できるのは便利であった。 ちなみに私はコーヒーが欠かせないので「MON CAFE」を注文(^^; 晩メシは、ホテル内の日本料理・鮨の厨(みくり)車屋で会席料理をいただいた。 あまり期待はしていなかったが、予想以上においしかった。 器にはそれほど力を入れているとは思えなかったが、仕入不可能な独特の加工品を使った椀物やがんもどき様の中に海老芋がはいっている品、春の山菜各種の酢の物、コースの注文が入ってから鮨コーナーでさばいてもらうお造りには大いに満足。 朝食も是非ここで食べようと思った。 本日だけで写真を40枚くらい撮っているが、PCとの接続ケーブルを持っていないため、あさって以降にオンライン写真集Buzznetのほうでアップしていこう。
「京都の金属工芸展」を見学
京都文化博物館で開催中の「京都の金属工芸展」に行った。 ポスター掲載の作品のインパクトがものすごく、普段あまり見る機会のない私としては楽しみにしていた。 訪問したところ、大昔の文化財でもなく現在制作されたものばかりにもかかわらず、それぞれの作品から伝わるインパクトはものすごく、すっかり見入ってしまった。 ↓う〜む、美しい。 (参考) 京都の美術工芸展写真集



















