2006/01/31 火曜日

御所南フェスタ実行委員会様への講演決まる

Filed under: マーケティング, PCネット・ビジネス, 講演・講義 — 咲本 @ 02:03:13

京都商工会議所ご支援のもと、御所南フェスタ実行委員会という6つの商店街が集まった組織のみなさんへの講演日が2月17日に決まった。

お題は「商売繁盛とインターネット道」。

2006/01/28 土曜日

京都商工会議所の経営指導員研修お疲れさまでした

Filed under: PCネット・ビジネス, 講演・講義 — 咲本 @ 09:57:55

昨日4時間にわたる京都商工会議所の経営指導員研修を行った。

お題は「儲かるホームページとは?」

研修や講演の機会には、その時に考えている最新の事柄をまとめたいので、パワーポイントを全く新しく作り始めることにしており、結果的に結構な労力をかけている。
経営指導員さんの行動に変化が起こることを願ってやまない。

徹夜明けでの研修とその後にも企業コンサルティングにも出向いたので、本日は12時間睡眠であった。

2006/01/26 木曜日

京都NET SHOP実践塾2回目の講座終了

Filed under: PCネット・ビジネス, 講演・講義 — 咲本 @ 23:54:14

京都NET SHOP実践塾の2回目の講座が無事終了。

講師をお願いしたネットショップの草分け的存在、イージーの岸本さんが、よくある講座ではまずお目にかかれないであろうバックヤードシステムについて受注処理~発送処理までを実演して見せていただいた。

参加者一同、あまりにものスピードに眼が点となった。

こんなに業務処理を効率化してさばいていくことができれば、お一人で年商1.5億くらいなら大丈夫と言われるのもうなずける。

これ、ネットショップ受講されたかたには激しく参考になっただろうし、刺激的だっただろうなあ。

Mebic扇町での講演に参加くださった皆様ありがとうございました

Filed under: 講演・講義, 経営戦略 — 咲本 @ 11:51:26

久しぶりの日記です(汗)
昨日、Mebic扇町での講演「成功するeビジネスの経営戦略~デジタルハリウッド大学院での講義から~」に参加くださったみなさん、どうもありがとうございました!
「ブルー・オーシャン戦略」の中味も絡めて講演されたのは、ひょっとして日本初だったかもしれません。
本日はこのあとNET SHOP実践塾の第2回目、明日は京都商工会議所の経営指導員研修、その後にコンサルと予定は続く。

2006/01/20 金曜日

NET SHOP実践塾がスタート!

Filed under: PCネット・ビジネス, 講演・講義 — 咲本 @ 23:47:02

京都商工会議所主催、京都では開催が初めてとなるであろうNET SHOP実践塾が昨日スタートした。
少人数のゼミなので濃~い集まり。
関係者のみなさん、4時間にもわたる長時間お疲れさまでした。

先頭バッター担当の私は、その後の講師の方々がお話されるであろう基礎となるところをお話しておく必要があり、主として経営戦略について多くの時間を割いた。

通常の経営セミナーで経営戦略が語られるならいざ知らず、ネットショップのセミナーでは様々な技や戦術について話すことが多くならざるを得ず、またそのような裏技のようなものを期待されている側面もあるのだろう。

そこは私もわかっていて、次回以降の講師さん達がそこのところは私以上に話されることだろう。

なぜ求められているであろう技や戦術についてあまり多くの時間を割かなかったかといえば、今まで戦略と戦術についての明確な違いが語られることもなく、ネットショップの「経営戦略」について、そのベースとして考えるための基礎が語られることなど聞いたことがないからだ。

ここのところがしっかりしていないと、ネットショップの経営が砂上の楼閣となりかねないのに。

今回はネットショップの戦略を考える基本について随分時間をかけてお話することができた。

livedoorに見受けられるような派手な必殺技!というわけではない経営戦略論は、1週間や2週間でネットショップが変化する劇薬とはならないが、中長期的なところに狙い線を定めた場合には、じわじわと効いてくる良薬となるのだ。

2006/01/15 日曜日

「Webインテリジェンスとインタラクション」研究会に参加

Filed under: 雑記, PCネット・ビジネス — 咲本 @ 01:56:31

電気通信学会の第4回「Webインテリジェンスとインタラクション」研究会in京都に初参加。

Webインテリジェンスとインタラクション研究会

学会関連でWEB系の研究会があるというのはたいへん珍しく、ちょうど京都で開催されたということもあって一度顔を出してみようと思った次第。

今回のテーマは、「WEBアプリケーションとヒューマンインタラクション」「セマンティックWEB応用事例」「テキストマイニング」「blog」。

社団法人下の研究会らしくプロシーディングスも用意されており、しっかりとした研究会を運営されている印象。
WEB系ということもあってか、参加者の4割が民間企業という変わり種。

午前10時スタート、午後5時までという長丁場だったわけだが、私は遅刻して午後から参加。
そのかわりというわけではないが、会場近くの干物の炭火焼きを楽しめる京町屋風居酒屋で開催された懇親会には参加。

少々場違いな初参加者のような気もしなくはなかったが、大阪大学の土方委員長、首都大学東京の高間副委員長をはじめ、幹事の藤本社長、NTTの研究所所属のみなさん、中島社長、服部先生、大阪大学博士課程の楠村さんなどなど、多くの方々と懇談できて期待以上に有意義な時間となった。

学会では珍しいニーズベースのプレゼンの機会をご提案しておいたのだけど、どうなることだろう。

2006/01/11 水曜日

顧客との「共感」とは何か

Filed under: 雑記 — 咲本 @ 00:16:48

田坂氏のネットラジオに感銘。
「仕事の思想」第5回 顧客との「共感」とは何か
http://www.hiroshitasaka.jp/contents/kaze-051119.wma

「顧客の共感を得る」‥‥「操作主義」→短期的に業績が上がるようには見える


『顧客に共感する』‥‥「無条件に」「見返りなく」

  • 共感するのは顧客ではなく自分がまず主語ではないのか?
  • 心に中にあることは顧客に必ず伝わる(表面に見せている心と裏にある心)
  • こちらが深く共感できれば「結果的に」共感してもらえることがある
  • 「笑顔で接しよう」という(書籍の)言葉にも「操作主義」が入ってくる
  • 共感(1):お客さまと自分自身との心が共鳴すること
  • 共感(2):「相手にとっての真実」を深く理解すること←→客観的な事実
  • 共感(3):顧客の前での忍耐でもなく自分を殺すことでもない
  • 「下座の行」:業者の立場として仕える立場から自分を磨く
  • 共感があると時に顧客に真っ向から反論しても不思議なほど伝わることがある

2006/01/10 火曜日

戦略論の見直し、出版される多数のゴミ書籍

Filed under: 読書 — 咲本 @ 00:33:23

今年に入ってから戦略論の見直し作業を行っている。

気合いをいれてむさぼるがごとく読み直していくと、思いの外次から次へと気づきが得られるものだ。
戦略論の中でもとりわけベンチャー企業を意識した整理をしているところ。

勿論?戦略論といってもポーター万歳!というわけではなく、コンフィギュレーション学派をベースに全ての学派(10の学派?)についてということ。
この研究作業は最低限のキリをつけるだけであと3ヶ月くらいかかるのではないかと見込んでいる。

知り合いの方とお話していた話題の中で出てきたのであるが、最近、本を出版された方や出版予定の方、あるいは熱烈に出版を望まれていたり目標とされている方が多いこと多いこと。

なぜそんなに多いのだろう?

おそらくは自分自身のブランド化といえば一見もっともらしいが、実情は売名行為や銭儲けとしかいえないケースが多々あるのだろう。

私も最近、編著という形で書籍発行に携わったわけだが、これは関西ベンチャー学会という団体内で引き受けざるをえなくなった経緯があってのことであって、上記のような哀しい目的があってのことではない。

もし今後、書籍発行することがある場合には、少なくとも私は下記引用文のような立場でありたい。

結局、陽の目を見たり見なかったりするそれらの「本」のうちで、いったいどれだけのものがその著者の深奥にとって必要なものなのだろうか。出版ブームの中で私はどうも疑問を禁じえないのだ。後世の研究家にとって不便であろうとなかろうと、何も書かなかった大思想家が歴史上無数に存在したことだろう。それは、ただの主婦だったり、売れっ子売春婦だったり、三流剣闘士だったりしたままで黄泉の国へ去った。だから、現世で書いたり語ったりする行為には、他者との交通、すなわちポランニーのいう交換(インターチェンジ)の内的要求があってはじめて出てくるのである。その他者との交通の目的が、売名であったり、学位取得の手段だったりということでは哀しいではないか。
従って、私は、マックス・ウェーバーやマルセル・モースが本を書こうとしなかったこと、カール・ポランニーが『大転換』を書くのに渋りに渋っていたことがよく判る。ポランニーはピーター・ドラッカーの誘いにより食うために本を書かねばならなかったのだが、他方で自ら出版を熱望した『人間の経済』については、途中でタイピストに払う金もなくなってしまうほどだった。

そういえば「哀しい目的」の本をうっかり購入してしまった場合には、それらの本はいつもゴミにしかならないという哀しい結末となっているなあ。

ゴミとは思えない本については折にふれて書いていきたい。

2006/01/05 木曜日

話題の書「ブルー・オーシャン戦略」の位置づけ

Filed under: 読書, 経営戦略 — 咲本 @ 00:10:08

昨年の発売以来『ブルー・オーシャン戦略』が話題の書となっている。

ブルー・オーシャン戦略 『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』


Amazonのカスタマー・レビューもたいへん多く寄せられている。
そこで私なりにこの本の位置づけを明確にしておこう。

まず、戦略論の中で位置づけると、ポジショニング学派ということになる。
すなわちマイケル・E・ポーターの戦略論に派生するものである。

ポーターの戦略論における3つの基本戦略となるコストリーダーシップ戦略・差別化戦略・集中戦略は、せいぜいのところ経済評論家が大企業についての大雑把な動向を語るのに使える程度のものであった。

企業側が使えるとすれば、市場規模で業界ベスト3以内に位置付けられる大企業が戦略を説明する際に利用しやすいといった代物であって、大多数の中小企業、ましてや創業ベンチャーの経営側にとっては使いようのない戦略論が展開されるばかりであった。(仮に使っても失敗する戦略となる可能性が高いであろう。)

要するに「競争」という言葉がやたらと登場する戦略論だけのことがあって、その「競争」において既に勝者となっている企業が考える戦略論であるといえる。
言い換えれば、変化の激しい業界あるいは市場そのものが不確かである場合や、市場実績の低い企業が考えるのに不向きな戦略論なのである。

このような場合、あえていずれかの基本戦略を当てはめようとすると、集中戦略しか選択肢がないのであるが、このあたりポーターの戦略論ではあまりにもお粗末で使い物にならない。
そこでこの集中戦略にスポットをあてて具体的なフレームワークを明示していったのが本書となる。

ただし、ポジショニング学派の路線だけでは無理があるとの判断により、コンフィギュレーション学派的な考えもうまく取り入れている。

戦略論の知識のない読者が著者の論理展開だけを読んでいけば、「競争のない世界」という言葉によって、全く新しい発想からスタートしているように見えなくもないが、実は「競争=レッド・オーシャン」がキーワードともいえるポジショニング学派がスタート地点となっている。

以上について、著書には何も書かれていないが、読めば明らかである。

この手の話題書が発売されたあとには、見慣れぬ理論にただただ盲目的にあげたてまつる評価をする人を見受けるが、戦略論上の位置づけを明確にしながら理解・評価していきたいものだ。

2006/01/03 火曜日

ビジネススクールの不毛なケーススタディ演習、未熟なマネジメント論

Filed under: 読書, 経営戦略 — 咲本 @ 00:12:04

おそらくは世の中は学校名こそ命でありたいと願っている方から、匿名で下品極まりないスパムコメントが舞い込んできた。

「一橋ビジネススクールや東大は無条件的にすごいのじゃ、ボケ~」と、こんな単なる罵声でしかないものが書き込まれたままだと危険サイト扱いされてしまうわ。
そもそも別な意味で危険な発言を私がしているということはあるにせよ(笑)

このサイトは2chではないわけなので、もちろん強制削除。
とあるビジネススクールの学生さん達の検索結果に当ブログが反映されやすく、まあ気持ちもわからないではないが。

いずれにせよ、私は親切な性格なので(笑)以下、下品な匿名のビジネススクール学校名至上主義たるスパマーさんがもうちょっと物事を深く考える参考となるよう、ミンツバーグ『人間感覚のマネジメント』からの引用を紹介しておいてあげよう。

人間感覚のマネジメント 『人間感覚のマネジメント―行き過ぎた合理主義への抗議』


その上で最後に、これまた引用によって私が目指したい方向性も示してあげる(笑)
まあスパマーさんにはまともな反論はできないはずだろうが、書籍の控えとして個人的に残しておくことが目的なので。

なぜマネジメントの領域にいるわたしたちは、このように未熟で包括的な対策の処方に固執し続けるのか。そのために今世紀を通して何回となく道を踏み外してきたはずである。参加的経営がそうである(服を着替えるようにリーダーシップ・スタイルを着替えよ)。戦略的計画立案がそうである(チェックリストによる創造性)。あるいは昨今のボトムラインへの妄念がそうである(製品ではなく、市場でなく、さらには顧客でもなく、利潤自体をマネージすることによる利潤追求)。またもやもう一人の財務論担当の教授がやってきて、マネジャーたちが自分の講義に退屈するのは程度が高すぎるからだと言い張る。もうごめんこうむりたい。(p.138)

あなたがハーバードの若く熱心なMBA学生だとして、ゼネラル・モーターズ社か三菱グループに関する事例をこぎれいにまとめた20ページの小冊子を手渡される。翌日の授業で使う他の事例といっしょに前の晩に読んでおく。このようにして十分に準備したうえで教室に臨み、デトロイトのGM社員や遠い日本の企業幹部が、彼らの問題を解決するのに何をするべきか議論する。無知を、知識不足を、口にしてはならない。優れたマネジャーは決断力の持ち主だから、したがってマネジメントを専攻する優秀な学生も自分の立場を決断しなければならない。ゼネラル・モーターズ社の環境が査定され、その独特の能力が確認され、代替的戦略が提案され、これらの戦略が評価され、そして一つが選定されなければならない。すべては80分が経過して授業が終わるまでにである。すべてはあのこぎれいにまとめられた20ページの小冊子に基づいている。こうしたことのすべてがMBA課程を通して何百回と繰り返される。その結果を想像してみるがよい。
もちろん、学生諸君は自分たちの選んだ戦略は実施はしない。できるはずがない。しかしそれでもかまわないとされる。なぜなら、教授が編成と実施とを都合よく区別してくれるからである。よく知られた教科書を書いたハーバードの著者たちが言うように、「順序立った説明のため」以外に何の意図もないかもしれないが、それでも明日の産業の総帥たちが、優れたマネジャーとは簡潔な報告書を素早く読んだうえで、一度もオフィスの外に出ることなく、高所から託宣を下す人物であり、自分たち以外の全員は下のほうで託宣の実施に走り回るという印象を刻みこまれるとしても不思議ではない。そして日本の成功の秘密は、まさしく彼らがこうした点で物事を正しく実行していることにある、というのがわたしたちの考えである。(p.139-140)

MBAの学位は、組織が現に実行している物事を迂回し、組織生活の現実をまたいで、その抽象へと飛躍することを許す、一種のライセンスである。抽象の世界では生来の直観がたとえ現に存在しているとしても、発達の機会はほとんど与えられない。このことはマネジメント実践への「浅薄な」、そして皮相的な、アプローチを助長する。これが今日アメリカ企業が直面しているある種の問題の根底近くに潜む原因であると考える。(p.141-142)

組織が実行する重大事は一般的に言って二つしかない。物をつくり、物を売ることである。物をマーケティングすることでもなければ、物を計画立案することでもない。物を統制することでもなければ、閑静な保養所で話し合うことでもない。大量のデータをコンピュータに入力することでもない。単純に物理的に何らかの物をつくり、あるいは何らかのサービスを用意し、そのうえでだれかにそれを買わせるか、または使わせることである。それゆえ、この国のMBA課程はこれまでにほとんど何もつくったことのない、あるいは売ったことのない人々を受け入れて、将来も決してそのようなことをしなくて済むように保証していると言っても、過言ではない。(p.142)

以上をふまえた上で、経営大学院の名前が世間的にメジャーであればあるほどレベルが高く、現場での実力も上だというのであれば、言ってみなさい。

私は下記のような方向性を専門職大学院の現場で目指したいわけなので、そこも考慮して発言してもらえると尚よろしい(笑)

わたしが理想とするマネジメント教育とは、一つの産業のなかでつくったり買ったりすることを十分に体得した、実力の証明されたリーダーたちを受け入れ、彼らの暗黙的な知識と生来の直観の上に技能開発、概念的知識、それに実践的技法の最良の成果を重ね合わせて、彼らがまさによく知っている物事について、あらためて新鮮な視点を持てるようにすることである。しかしプロフェッショナル・マネジメントの名の下に広まっている皮相的な知識を広めることだけは避けようではないか。一言で言って、わたしたちの組織はあまりにも重要すぎて、そんなことをしている暇はないはずである。(p.143)

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