このブログをやめるつもりはありませんが、当分の間の情報発信にはFaceBookを使わせていただきます。
ブログである以上、不特定多数を対象とすることでもありますが、今私が行っているのは、個人的な情報の発信ばかりだからです。
ちなみにFaceBookでの私のメッセージは、お友達申請をしていただき、私が承諾した方しか閲覧できませんのであしからず。
承認するのは、自ら情報発信を活発にしている方のみです。それのできない方の一方的なチラ見は不可です^^;
このブログをやめるつもりはありませんが、当分の間の情報発信にはFaceBookを使わせていただきます。
ブログである以上、不特定多数を対象とすることでもありますが、今私が行っているのは、個人的な情報の発信ばかりだからです。
ちなみにFaceBookでの私のメッセージは、お友達申請をしていただき、私が承諾した方しか閲覧できませんのであしからず。
承認するのは、自ら情報発信を活発にしている方のみです。金食い虫であるので、いくらやりがいのある仕事・好きな仕事が見つかっても、いきなり一定の収入以上がないと、生活が成り立たない。
プライベートな部分でも、彼女との同居生活を今後継続していくかどうかも白紙状態。
収入が一定レベル以上ないと生活できないことが理由で別れる可能性も濃厚のまま。何もかもフラットな状態で動き始めると、逆に今まで見えてなかったことが見えてくるというメリットもあるものだと感じる。
40代後半にもなって、いったん白紙からというのも意外とよい経験に思えてくる。
このような場合、人によっては絶望しかない場合もあるのだろうが、私はとても冷めた眼で、かつワクワク感も同時に持つという一見矛盾したような状態で、今後のやっていき方を再設計しようとしているのだ。
あと1キロ無理なく痩せたら、20代の痩せていた時代に突入です。
藤井雅子『人はなぜ怒るのか』 (幻冬舎新書)
これは私個人にとっては画期的な書。
私の印象としていつも怒っていて怖いと思われている方が世の中に多いかと思う。
取り扱い注意印を世間様から押されていて特することはない。そんな私を改造してくれるのに十分な書籍である。
きっちり説得力を持って諭されると、なるほどと思う。
いやあ根本的にタイプを改善するぞ~。
「いい会社」とは何か (講談社現代新書)
どうっていうこともない書籍だが、バランスの取れているところがよい。
今、会社で起こっている様々な問題を俯瞰的に整理されているので、お勤めの会社を全般的に見つめ直すきっかけくらいにはなるのかも。
でも本日くらいのレベルであれば、空調を使わず扇風機で何とかなるとの判断。
判断をするのに人間だけではなく、ずっと家にいるワンちゃんが大丈夫かというところ。我が家では最高予想気温が30度を超えた時点で、窓を締め切った状態で空調をきかせて外出する方針。
本日でも総電力量の80%を超えているのだが、私の住んでいるのは東京都中央区なので、計画停電対象とはなりにくいので、まあエエかなあという感じ。
7月末で現池袋で活動している会社を退社することが決まっており、元々東京に呼んでいただいたコンサル会社には私に100%振るための業務はないとの予想。
私としては、
・新規にコンサル会社へコンサル契約していただいて、そこに出向的に入って勤務すると勝手に思っている。
フィーについては要相談ですが、できれば業務委託契約希望です。
社員扱いでもOKですが、同じことをするにも費用負担が高くなってしまいます。
条件次第では、関西拠点で活動するのもアリです。
よろしくお願いいたしま~す。(バカですみません。)
いつも行くのは中央区の日本橋図書館。
自転車で3分、徒歩で10分くらいのところにある。またCDも借りることができ、民業圧迫にならないかなと思いつつも、こちらも借りることにしている。
先日の土日には処分したい書籍5000冊を冊数に限定なく無料で提供するサービスを行っていて、数冊をゲットした。
今までであれば全ての書籍に近い部分をAmazonから購入していたが、よくよく考えてみると、「これはどうかな?」という書籍を購入して、「やっぱりダメだった」という際、ゴミとして捨ててしまうことが多かった。
このような絶対に欲しい以外の書籍については、図書館に在庫さえあれば、こちらから借りて済ますというのが、経済的だしエコでもあると考えた次第。
書店で立ち読みする中からも新たな書籍の発見があるが、同様のことが図書館でも起こる。
立ち寄り先に図書館を加えるっていうのは、以外とアリかと思うのである。
エドワード・S・リード『経験のための戦い―情報の生態学から社会哲学へ』
本書は生態心理学を樹立したJ・J・ギブソンの愛弟子的後継者といっても良い。
だが、まだ序章と第1章をささっと30分くらいで読んだに過ぎないが、哲学の歴史上、ずっと第一義的な経験がなおざりにされてきたことへの反発を、哲学の歴史に沿って「そうじゃないんだ」と説得することは理解できるのだが、ここからスタートすると、とても重いし、説得することが狙いだとすれば逆に遠ざかる。
それよりも、佐々木正人氏のようにダーウィンのミミズ研究からこの説を紐解いていく展開のほうが、圧倒的に説得力がある。
佐々木正人『知性はどこに生まれるか―ダーウィンとアフォーダンス』 (講談社現代新書JEUNESSE)
彼の著作を全世界に拡げたほうが、ギブソン生態心理学的な視点が現代思想にとってどれだけ重要なのかがわかるかと思う。
勿論、プラトン、アリストテレス、カント、ヘーゲル、ハイデガーといった哲人との位置づけをどうでも良いとは言わないが、哲学史では素朴実在論という名のもとに軽視されるだけだとの認識が強すぎて、もうちょっと余裕を持った論議または佐々木氏のような持っていき方ができないものかなあと考えさせられる書である。
とはいえ、本書は生態学的心理学を信奉する私としては重要書であることは間違いなく、そんなこと知りませんという方には上記の佐々木氏著作をまずは手に取っていただきたい。